広島へ来て三日目の朝です。4日に1万2千歩、5日には1万3千歩も歩いていました。5時半に起き、6時に朝食をとり、7時にチェックアウトしました。飛行機の予約状況をネットで見てみると、9時の便が余裕がありましたが、その次の11時の便から夜までほぼ満席で、とくに午後の便は完全に満席でした。それで、慰霊祭には出ないことで団長に了解をとり、7時半のリムジンバスに乗りました。そんなわけで、慰霊祭の模様は空港のテレビで見て、9時の飛行機に乗ることができました。
問題は、午後1時の青森行の便に空席があるかどうかでした。6日はねぶたの夜の運行の最後ですから、1時、3時の便も満席で、空席待ちということでした。2時間近く空港でまちましたが、本当に最後の1席で最後尾の席で乗ることができました。運が良かったと思います。
そんなわけで、5日から来ていた孫と娘をつれて、三度目のねぶた見物を新町の事務所前で観ることができました。ほんとに、運が良かったと思います。
今日の論語一日一章は、論語巻第六顔淵第十二篇第20章です。
子張問、士何如斯可謂之達矣、子曰、何哉、爾所謂達者、子張對曰、在邦必聞、在家必聞、子曰、是聞也、非達也、夫達者、質直而好義、察言而觀色、慮以下人、在邦必達、夫聞者色取仁而行違、居之不疑、在邦必聞、在家必聞、
子张问、士何如斯可谓之达矣、子曰、何哉、尔所谓达者、子张对曰、在邦必闻、在家必闻、子曰、是闻也、非达也、夫达者、质直而好义、察言而观色、虑以下人、在邦必达、夫闻者色取仁而行违、居之不疑、在邦必闻、在家必闻、
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子張問う、士何如なれば斯れこれを達と謂うべき。子曰わく、何ぞや、爾の所謂達とは。子張対えて曰わく、邦に在りても必らず聞こえ、家に在りても必らず聞こゆ。子曰わく、是れ聞なり、達に非ざるなり。夫れ達なる者は、質直にして義を好み、言を察して色を観、慮って以て人に下る。邦に在りても必らず達し、家に在リても必らず達す。夫れ聞なる者は、色に仁を取りて行ないは違い、これに居りて疑わず。邦に在りても必らず聞こえ、家に在りても必らず聞こゆ。
子張がたずねた、「士人はどのようであれば通達といえるでしょう。」孔子はいわれた、「どういうことだね。お前の通達というのは。」子張が答えていった、「国にいてもきっと評判がよく、家にいてもきっと評判がよいことです。」孔子はいわれた、「それは評判がよいことで、通達ではない。元来、通達というのは、真っ正直で正義を愛し、人の言葉をよく考えて顔色を見抜き、気をつけて人にへりくだって、国にいてもきっと通達し、家にいてもきっと通達することだ。一方、評判がよいという方は、上べは仁らしくしているが実行はともなわず、現在におちついて疑いを持たず、国にいてもきっと評判がよく、家にいてもきっと評判がよいというものだ。」と。
2017年8月12日土曜日
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