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2017年8月16日水曜日

8月13日、君子は其の知らざる所に於いては、蓋闕如たり

 今日は8月13日、日曜日です。12日の朝に、娘と孫が新幹線で東京へ戻りました。そのあと、ふれあい教室へ行き、夕方は高校の同窓会、そのあと同期の二次会へ行きました。今日は三男と孫と一緒に三内の墓参りに行き、そのあと義弟一家が来て、恒例の宴会が始まりました。最終便で次男一家がくるというので、三男が迎えに行ってくれました。

 今日の論語一日一章は、論語巻第七子路第十三篇第3章です。
 子路曰、衞君待子而爲政、子將奚先、子曰、必也正名乎、子路曰、有是哉、子之迂也、奚其正、子曰、野哉由也、君子於其所不知、蓋闕如也、名不正則言不順、言不順則事不成、事不成則禮樂不與、禮樂不與則刑罰不中、刑罰不中則民無所措手足、故君子名之必可言也、言之必可行也、君子於其言、無所苟而医已矣、
 子路曰、卫君待子而为政、子将奚先、子曰、必也正名乎、子路曰、有是哉、子之迂也、奚其正、子曰、野哉由也、君子于其所不知、盖阙如也、名不正则言不顺、言不顺则事不成、事不成则礼乐不与、礼乐不与则刑罚不中、刑罚不中则民无所措手足、故君子名之必可言也、言之必可行也、君子于其言、无所苟而医已矣、
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 子路が曰わく、衛の君、子を待ちて政を為さば、子将に奚をか先きにせん。子曰わく、必らずや名を正さんか。子路が曰わく、是れ有るかな、子の迂なるや。奚ぞ其れ正さん。子曰わく、野なるかな、由や。君子は其の知らざる所に於いては、蓋闕如たり。名正しからざれば則ち礼楽興こらず、礼楽興らざれば則ち刑罰中らず、刑罰中らざれば則ち民手足を措く所なし。故に君子はこれに名づくれば必らず言うべきなり。これを言えば必らず行なうべきなり。君子、其の言に於いて、苟くもする所なきのみ。
 子路がいった、「衛の殿さまが先生をお迎えして政治をなさることになれば、先生は何から先きになさいますか。」孔子はいわれた、「せめては名を正すことだね。」子路はいった、「これですからね、先生のまわり遠さは。どうしてまた正すのです。」孔子はいわれた、「がさつだね、由は。君子は自分の分からないことではだまっているものだ。名が正しくなければことばも順当でなく、ことばが順当でなければ仕事もできあがらず、仕事ができあがらなければ儀礼や音楽も盛んにならず、儀礼や音楽が盛んでなければ刑罰もぴったりゆかず、刑罰がぴったりゆかなければ人民は手足のおきどころもなくなる。だから君子は名をつけたらきっとそれを実行できるようにする。君子は自分のことばについては決していいかげんにしないものだよ。」と。

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