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2017年7月3日月曜日

6月29日、才も不才も、亦た各々其の子と言うなり

 今日は6月29日、木曜日です。朝8時に筒井南小へ行き、環境教育専門員として環境出前講座の講師です。午後は青森市環境政策課と打ち合わせ協議です。3時からGEA事務局会議、5時から別の会議があり、6時半から今度は市民の会です。東奥柳壇への投稿と北狄の小説の2校も投函しました。

 今日の論語一日一章は、論語巻第六先進第十一篇第8章です。
 颜渊死,颜路请子之车以为之椁,子曰,才不才,亦各言其子也,鲤也死,有棺而无椁,吾不徒行以为之椁,以吾从大夫之后,不可徒行也,
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 顔淵死す。顔路、子の車以てこれが椁を為らんことを請う。子曰わく、才も不才も、亦た各々其の子と言うなり。鯉や死す、棺ありて椁なし。吾れ徒行して以てこれが椁を為らず。吾が大夫の後に従えるを以て、徒行すべからざるなり。
 顔淵が死んだ。父の顔路は先生の車をいただいてその椁(棺の外ばこ)を作りたいと願った。孔子はいわれた、「才能があるにせよ才能がないにせよ、やはりそれぞれにわが子のことだ。(親の情に変わりはない。わたしの子どもの)鯉が死んだときにも、棺はあったが椁はなかった。だが、わたしは徒歩で歩いてまでして(自分の車を犠牲にまでして)その椁を作りはしなかった。わたしも大夫の末席についているからには、徒歩で歩くわけにはいかないのだ。」と。

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