今日は7月1日、土曜日です。朝、5時に起き、風呂へ入り、髯を剃って、5時55分にパソコンとカメラを持って出かけました。6時17分発で7時55分には仙台へ着くのですから早いものです。1時間半の乗車時間の間、パソコンとキンドルで漱石の「こころ」を読み、入力の誤りがないかチェックしました。車上ワゴン添乗員からコーヒーを買って呑み終わるか終らないうちに着いてしまいました。
仙台の南乗車口そばの待合室には5席ほどのパソコンの出来るデスクがあり、そこは売店にも接しているので、軽食・飲み物もすぐ買うことができるのです。空きさえあれば結構仕事ができるのです。いい穴場を見つけました。
今日の論語一日一章は、論語巻第六先進第十一篇第10章です。
颜渊死,子哭之慟,从者曰,子慟矣,子曰有慟乎,非夫人之为慟,而谁为慟,
Yányuān sǐ, zi kū zhī tòng, cóng zhě yuē, zi tòng yǐ, zǐ yuē yǒu tòng hū, fēi fūrén zhī wèi tòng, ér shéi wèi tòng,
顔淵死す。子これを哭して慟す。従者の曰わく、子慟せり。曰わく、慟すること有るか。夫の人の為めに慟するに非ずして、誰が為めにかせん。
顔淵が死んだ。孔子は哭泣して身をふるわされた。おともの者が、「先生が慟哭された!」といったので、孔子はいわれた、「慟哭していたか。こんな人のために慟哭するのでなかったら、一体だれのためにするんだ。」と。

0 件のコメント:
コメントを投稿