過去 1 週間のページビュー

2012年5月16日水曜日

北狄行きの夜行列車

グレゴリウスは向きを変えて、ゆっくりとキルフェンフェルト橋へと向かった。橋が見えてきたとき、自分はいま、五十七歳にして初めて人生を完全な形で手に握るところなのだという、奇妙で心細い、だが同時に解き放たれたような気持になった。

 パスカル・メルシェの『リスボン行き夜行列車』のグレゴリウスのように、「人生を完全な形で手に握るところなのだという、奇妙で心細い、だが同時に解き放たれたような気持になった」ことがカバにはある。
 カバは四十八歳のときにそういう気持になった。橋ではなく、岸壁に向かって、連絡船の途絶えた海峡の暗い海を見つめた。「マッチ擦るつかの間海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」だった。そのままカバは北狄行きの夜行列車に乗った。

0 件のコメント: