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2018年3月14日水曜日

3月9日、中野孝次の論語 己れを行うに恥あり 9

 今日は3月9日、金曜日です。

 今日の中野孝次の論語、「己れを行うに恥あり」の9として、もう一度論語巻第七子路第十三篇第20章の原文を読んでみみます。
 子貢問曰、何如斯可謂之士矣、子曰、行己有恥、使於四方不辱君命、可謂士矣、曰、敢問其次、曰、宗族稱孝焉、郷黨稱弟焉、曰、敢問其次、曰、言必信、行必果、硜硜然小人也、抑亦可以爲次矣、曰、今之従政者何如、子曰、噫、斗筲之人、何足算也、
 ここで、字句の解説をします。
 士;農・工・商の上に位する者である。
 己を行ふ;志を立てて身の行いを制すること。
 恥;廉恥心、悪を行うことを恥じること。
 四方;隣国の諸侯をいう。
 宗族;親族。
 郷党;親族以外の郷里の人をいう。
 信;言を守って偽らぬこと。
 果;行い遂げること。
 硜硜然;硜は小石の堅いのをいう。
 小人;見識度量の狭い人をいう。
 抑亦;十分ではないの意。
 噫;人の言うことを肯わず、咎めて心が平らかでない時に発する声のこと。
 斗筲の人;斗は十升を容れるますのこと。筲は一升二升を容れる竹器。心に受け容れる所が少なくて何のとりえもない人に喩えたのである。
 何ぞ算ふるに足らんや;算は数えること。土の中に数えられないという意。

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