過去 1 週間のページビュー

2018年3月13日火曜日

3月8日、中野孝次の論語 己れを行うに恥あり 8

 3月8日、今日は木曜日です。
 
 今日の中野孝次の論語の「己れを行うに恥あり」の8です。
 孔子が士の条件として次に掲げた条件が、「四方に使いして君命を辱しめざる」ということです。
 春秋時代の中国は、晋・楚の二大強国の他に、斉、魯、衛、曹、鄭、宋、秦などの中小の国が群雄割拠する弱肉強食の時代でした。そうした時代において、一国の使者として列強の国に赴くのは、国連を両肩に背負っていくようなものと中野孝次はいっている。せ力の時代ではあったが、古代からのふるまい方、礼というものがあり、その礼をもって強者えお説得する以外に弱小国が存続するすべはないというのです。
 使者に求められるものは、現在の世界状況についての正確な情報、その国の国情についての知識、それらを分析した上での力関係の判断、それに基づいてうち立てるべき自国の方針決定であると、中野孝次は云います。つまり、人間の教養、世界の知識、判断力、あるべき姿についての倫理的な判断力が求められているということです。力関係の現状ばかり重視して、中国世界全体を表向きは支配している古代からの礼を無視する人間は卑しめられるというのです。
 ここで礼とは、形にあらわれては人のふるまうべき作法の定め、儀式、決まりであり、心のもちようとしては、人間として持つべき倫理観のことです。つまり、物事を直接いうのは忌まれ、古代の詩に託して表現しなくてはならないというのです。したがって、向上を述べる方も、受取る方も詩に通じてなくてはならない、ということです。
 すなわち、外国に使者として派遣され、「君命を辱しめざる」とは、そういうこと全部についての能力が求められるということだと、中野孝次はいいます。
 中野孝次は、全能力を発揮して、礼を失せず、卑屈にならずに、言うべきことを言い、相手をしてその人格に敬服せしめた日本の実例として、川路聖膜と小村寿太郎を挙げています。
 いまの河野太郎外相に求められているのは、まさにこの「君命を辱しめざる」ではないでしょうか。

0 件のコメント: