今日は1月11日、今日は木曜日です。朝、古村さんから電話をいただきました。背中を押してもらいました。雑念を払い、3000万人署名に全力をあげることにしました。
今日の論語一日一章は、論語巻第九陽貨第十七篇第21章です。
宰我問、三年之喪期已久矣、君子三年不爲禮、禮必壊、三年不爲樂、樂必崩、舊穀既沒、新穀既升、鑚燧改火、期可已矣、子曰、食夫稻、衣夫錦、於女安乎、曰、安、女安則爲之、夫君子之居喪、食旨不甘、聞楽不楽、居處不安、故不爲也、今女安即爲之、宰我出、子曰、予之不仁也、子生三年、然後免於父母之懐、夫三年喪、天下之通喪也、予也有三年之愛於其父母乎、
宰我问、三年之丧期已久矣、君子三年不为礼、礼必壊、三年不为乐、乐必崩、旧谷既没、新谷既升、鑚燧改火、期可已矣、子曰、食夫稻、衣夫锦、于女安乎、曰、安、女安则为之、夫君子之居丧、食旨不甘、闻楽不楽、居处不安、故不为也、今女安即为之、宰我出、子曰、予之不仁也、子生三年、然后免于父母之懐、夫三年丧、天下之通丧也、予也有三年之爱于其父母乎、
Zǎi wǒ wèn, sān nián zhī sàng qí yǐ jiǔ yǐ, jūnzǐ sān nián bù wèi lǐ, lǐ bì huài, sān nián bù wèi lè, lè bì bēng, jiù gǔ jì méi, xīngǔ jì shēng, zuàn suì gǎi huǒ, qī kě yǐ yǐ, zǐ yuē, shí fū dào, yī fū jǐn, yú nǚ ānhū, yuē, ān, nǚ ānzé wèi zhī, fū jūnzǐ zhī jūsāng, shí zhǐ bùgān, wénlè bù lè, jū chù bù'ān, gù bù wèi yě, jīn nǚ ān jí wèi zhī, zǎi wǒ chū, zǐ yuē, yǔ zhī bùrén yě, zǐ shēng sān nián, ránhòu miǎn yú fùmǔ zhī huái, fū sān nián sàng, tiānxià zhī tōng sàng yě, yǔ yěyǒu sān nián zhī ài yú qí fùmǔ hū,
宰我問う、三年の喪は期にして已に久し。君子三年礼を為さずんば、礼必らず壊れん。三年楽を為さずんば、礼必らず壊れん。三年楽を為さずんば、樂必らず崩れん。旧穀既に没きて新穀既に升る、燧を鑚りて火を改む。期にして已むべし。子曰わく、夫の稲を食らい、夫の錦を衣る、女に於いて安きか。曰わく、安し。女安くんば則ちこれを為せ。宰我出ず。子曰わく、予の不仁なるや。子生まれて三年、然る後に父母の懐を免る。夫れ三年の喪は天下の通喪なり。予や、其の父母に三年の愛あらんか。
宰我が、「三年の喪は、まる一年でも十分の長さです。君子が三年も礼を修めなければ、礼はきっとすたれましょう。三年も楽を修めなければ、楽はきっとだめになりましょう。古い穀物が無くなって新しい穀物が実り、火取りの木をこすって火を作りかえる(というように、一年ごとにひとめぐりですから)、まる一年でやめてもいいでしょう。」とおたずねした。孔子が「(親が死んでから三年たたないのに)あの米を食べあの錦を着るということが、お前にとって何ともないのか。」といわれると、「何ともありません。」と答えた。「お前が何ともないのならそうしなさい。一体、君子が喪に服しているときというのは、うまいものを食べてもうまくないし、音楽を聞いても楽しくないし、住居に居ても落ちつかない、だからそうしないのだ。だが、お前が何ともないのならそうしなさい。」宰我が退出すると、孔子はいわれた、「予(宰我)の不仁なことよ。子どもは生れると三年たってやっと父母の懐から離れる。あの三年の喪というのは(それを考え合わせて定めたもので、)世界中のだれもが行なう喪である。予にしても、その父母から三年の愛を受けたであろうに。」

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