12月8日、今日は金曜日です。
今日の論語一日一章は、論語巻第八李氏第十六篇第1章です。
李氏將伐顓臾、冉有李路見於孔子曰、李氏將有事於顓臾、孔子曰、求、無乃爾是過與、夫顓臾、昔者先王以爲東蒙主、且在邦域之中矣、是社稷之臣也、何以爲伐也、冉有曰、夫子欲之、吾二臣者、皆不欲也、孔子曰、求、周任有言、曰、陳力就列、不能者止、危而不持、顛而不扶、則將焉用彼相矣、且爾言過矣、虎兕出於柙、龜玉毀於櫝中、是誰之過與、冉有曰、今夫顛臾固而近於費、今不取、後世必爲憂、孔子曰、求、君子疾夫舎曰欲之而必更爲之辭、丘也聞、有國有家者、不患寡而患不均、不患貧而患不安、蓋均無貧、和無寡、安無傾、夫如是、故遠人不服、則修文德以來也、邦分崩離析而不能守也、而謀動干戈於邦内、吾恐李孫之憂、不在於顓臾、而在簫牆之内也、
李氏将伐颛臾、冉有李路见于孔子曰、李氏将有事于颛臾、孔子曰、求、无乃尔是过与、夫颛臾、昔者先王以为东蒙主、且在邦域之中矣、是社稷之臣也、何以为伐也、冉有曰、夫子欲之、吾二臣者、皆不欲也、孔子曰、求、周任有言、曰、陈力就列、不能者止、危而不持、颠而不扶、则将焉用彼相矣、且尔言过矣、虎兕出于柙、龟玉毁于椟中、是谁之过与、冉有曰、今夫颠臾固而近于费、今不取、后世必为忧、孔子曰、求、君子疾夫舎曰欲之而必更为之辞、丘也闻、有国有家者、不患寡而患不均、
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李氏、将に顓臾を伐たんとす。冉有・季路、孔子に見えて曰わく、李氏、将に顓臾に事あらんとす。孔子の曰わく、求よ、乃ち爾是れ過てること無からんや。夫れ顓臾は、昔者先王以て東蒙の主と為し、且つ邦城の中に在り。是れ社稷の臣なり。何を以てか伐つことを為さん。冉有が曰わく、夫の子これを欲す。吾れ二臣は皆な欲せざるなり。孔子の曰わく、求よ、周任に言あり曰わく、力を陳べて列に就き、能わざれば止むと。危くして持せず、顛って扶けずんば、則ち将た焉んぞ彼の相を用いん。且つ爾の言は過てり。虎兕、柙より出で、龜玉、櫝中に毀るれば、是れ誰の過ちぞや。冉有が曰わく、今夫れ顓臾は固く固くして費に近し。今取らずんば、後世必らず子孫の憂いと為らん。孔子の曰わく、求よ、君子は夫のこれを欲すと曰うを舎いて必らずこれが辞を為すことを疾む。丘や聞く、国を有ち家を有つ者は寡なきを患えずして均しからざるを患え、貧しきを患えずして安からざるを患うと。蓋し均しければ貧しきこと無く、和すれば寡なきこと無く、安ければ傾くこと無し。夫れ是くの如し、故に遠人服せざれば則ち文德を修めて以てこれを来たし、既にこれを来たせば則ちこれを安んず。今、由と求とは夫の子を相け、遠人服せざれども来たすこと能わず、而して干戈を邦内に動かさんことを謀る。吾れ恐る、李孫の憂いは顓臾に在らずして簫牆の内に在らんことを。
(魯の)李氏が顓臾の国を攻め取ろうとしていた。(李氏に仕えていた)冉有と李路(子路)とが孔子にお目にかかって、「李氏が顓臾に対して事を起こそうとしています。」と申し上げた。孔子はいわれた、「求よ。(むかしの立派な記録官であったあの)周任のことばに『力いっぱい職務にあたり、できないときは辞職する。』というのがあるが、危くてもささえることをせず、ころんでも助けることをしないというのでは、一体あの助け役も何の必要があろう。それにお前のことばはまちがっている。虎や野牛が檻から逃げ出したり、亀の甲や宝石が箱の中でこわれたりしたら、これはだれのあやまちかね。」冉有がいった、「(しかし先生、)今あの顓臾は堅固な備えで(李氏の領地である)費の町の近くにおりますから、今のうちに取っておかないと後世にはきっと子孫の心配ごととなりましょう。」孔子はいわれた、「求よ。(欲しいくせに)それを欲しいとははっきりいわないでおいて、何とかそのいいわけをするというようなことを、君子は憎む。自分の聞くところでは『国を治め家を治める者は、(人民の)少ないことを心配しないで(人心の)安定しないことを心配する。』というが、つまり公平であれば貧しいということもなくなり、仲よく和合すれば少ないということもなくなり、安定すれば危険もなくなるものだ。そもそもこういう次第だから、そこで遠方の人が従わないばあいは、(武には頼らないで)文の德を修めてそれをなつけ、なつけてからそれを安定させるのだが、今、由(子路)と求とはあの方(李氏)を補佐していながら、遠方の人が従わないでいるのになつけることもできず、国がばらばらにわかれているのに守ることもできない、それでいて国内で戦争を起こそうと企てている。わたしは恐れるが、李孫の心配ごとは顓臾にはなくて、(身近い)屛の内がわにあるだろう。」と。
2017年12月8日金曜日
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