今日の論語一日一章は、論語巻第八衞霊公第十五篇第25章です。
子曰、吾之於人也、誰毀誰譽、如有所譽者、其有所試矣、斯民也、三代之所以直道而行也、
子曰、吾之于人也、谁毁谁誉、如有所誉者、其有所试矣、斯民也、三代之所以直道而行也、
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子曰わく、吾れの人に於けるや、誰をか毀り誰をか誉めん。如し誉むる所の者あらば、其れ試みる所あり。斯の民や、三代の直道にして行なう所以なり。
孔子がいわれた、「わたしは人に対して、だれにでも(むやみに)毀ったりほめたりはしない。もしほめることがあるとすれば、それははっきりためしたうえのことだ。今の人民も(あの理想的な夏・殷・周)三代の盛時に真っ直ぐな道に従って行なっていた人々と同じだ。(軽々しく毀誉をはさむことはできない。)」と。
※ 毀誉;き‐よ【毀誉】
そしることとほめること。「―褒貶(ホウヘン)」
きよ‐ほうへん【毀誉褒貶】
(「毀」はそしる、「誉・褒」はほめる、「貶」はけなす意) 悪口を言うことと
ほめること。ほめたりけなしたりの世評。「―相半ばする人物」

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