今日は、9月27日水曜日です。
今日の論語一日一章は、論語巻第七憲問第十四篇第17章です。
子貢曰、管仲非仁者與、桓公殺公子糾、不能死、又相之、管仲相桓公覇諸侯、一匡天下、民到子今受其賜、微管仲、吾其被髪左衽矣、豈若匹夫匹婦之爲諒也、自經於溝瀆而莫之知也、
子貢曰、管仲非仁者与、桓公杀公子纠、不能死、又相之、管仲相桓公霸诸侯、一匡天下、民到子今受其赐、微管仲、吾其被髪左衽矣、岂若匹夫匹妇之为谅也、自经于沟渎而莫之知也、
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子貢曰わく、管仲は仁者に非ざるか。桓公、公子糾を殺して、死すること能わず、又これを相く。子曰わく、管仲、桓公を相けて諸侯に覇たり、天下を一匡す。民、今に到るまで其の賜を受く。管仲微かりせば、吾れ其れ髪を被り衽を左にせん。豈に匹夫匹婦の諒を為し、自ら溝瀆に経れて知らるること莫きが若くならんや。
子貢がいった、「管仲は仁の人ではないでしょうね。桓公が公子の糾を殺したときに、殉死もできないで、そらに仇の桓公を輔佐しました。」孔子はいわれた、「管仲は桓公を輔佐して諸侯の旗がしらにならせ、天下をととのえ正した。人民は今日までもそのおかげを被っている。管仲がいなければ、わたしたちは散ばら髪で襟を左まえにした野蛮な風俗になっていたろう。とるにたりない男女が義理だてをして首吊り自殺でみぞに捨てられ、だれにも気づかれないで終わるというのと、管仲はどの人がどうして同じにできようか。」と。

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