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2015年8月7日金曜日

8月7日、七夕の色紙分つ妹かな

 今日は8月7日、金曜日です。2日に始まったねぶた祭の最終日です。2日が日曜日で、本来のねぶた運行の3日から6日までは平日だったのです。結果として、去年より観光客が少なかったと思います。ねぶたを国内各地や海外へ運んで、祭の紹介、PRするのもいいのですが、やはり沿道を埋め尽くすほどの人がねぶたに参加し、ねぶた祭を堪能してもらう必要があるのではないでしょうか。そんな気がします。
 次男がいっていましたが、飛行機も朝の便を767にしたのに、満席でなかったということにも、ねぶた祭は青森にいかなければ観れないし、参加できないことをもっとアピールすべきと思いました。
 慣行立県や観光で市を元気にしようと思うのなら、県職員や市職員、とりわけ青森市の全職員がこぞって仕事として、ねぶた祭を盛り上げるべきではないでしょうか。市民と行政が一体となって、今後の青森市の成り立ちは何によってまかなわれるべきか、考え行動すべきときがきているのではないでしょう。
 せっかく高いお金を払って観覧席を予約しているのに、すべてのねぶたを観ることができないのは、詐欺に近いのではないでしょうか。昨日などは、22台のねぶたのうち、17台が目の前を通ったとき、9時の終了時間となり、終わってしまったのは、まことに残念でした。運行計画そのものを見直さなければ、ますます観光客が離れていくような気がします。

 正岡子規は若いころ、青年時代はスポーツマンだったようで、病気する前は、野球が好きで、ボートも得意だったようです。向島の桜もち屋に夏の間、3か月ほど下宿し、大学予備門の選手たちと一緒に、向島や隅田川、両国あたりを漕いでいたようです。桜餅屋は月香楼といったそうですが、子規はその家の娘と親しくしてロマンスの噂がたったということです。

 魯迅の箴言に、「斗争呢,我倒以为是对的。人被压迫了,为社么不斗争?」というのがあります。直訳すれば、「闘争はむしろ正しいと思う。抑圧されて、どうして戦わないのか?」となります。勇気をもって、戦いに立ち上がることが必要です。何もしないことが、悪を肯定することになるからです。

 孔子にはたくさんの門人がいたようですが、もっとも信頼を寄せていたのが顔淵のようでした。彼が夭逝したとき、孔子はその死を惜しんで、彼が進むのはみたけれど、止まるのをみたことがない、といったということです。

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