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2015年8月6日木曜日

8月6日、月白や花火のあとの角田川

 早いものです。今日は広島に原爆が投下された日です。被爆から70年がたったのです。総理大臣の挨拶は、白けたものでした。日本人は戦争法案など必要としない国民であることを再認識した日でした。3人の孫たちのためにも戦争のない、戦争をしない国にしていかねばなりません。

 魯迅はいっています。いかなる時代においても、預言者や先覚者というものは、故国に受け入れられることはなく、迫害すらうけるものだ、と。そして、人民から称賛をうけるときには、すでに故人であったり、黙して語らなくなっていたり、はたまた人民の前から姿を消しているものだ、ともいっています。
 今の政治が誤った方向に国を導いていると叫ぶ預言者たちが迫害を受けることのないように、沈黙することがないように、祈るばかりです。

 論語で、孔子は「美人を愛するほどに道徳を愛する人をまだみたことがない」といっています。それほど、道徳を志向するのは難しいのでしょう。

 魯迅は存在と生活についてこういっています。
「无穷的远方,无数的人们,都和我有关。我存在着,我在生活,我将生活下去,我开始觉得自己更切实了,・・・」
 訳。「無窮の彼方、無数の人々――すべてが私とつながっている。私は存在し、私は生活し、私は生きつづける。私は自分をより一層、切実に感じ始めた・・・」

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