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2015年8月26日水曜日

8月26日、桔梗活けてしばらく仮の書斎哉 

 正岡子規は、いまから120年前、松山に帰省し、8月25日から50日間、松山中学の教師だった夏目漱石の下宿先の愚陀仏庵に滞在しました。これが最後の帰省となったのでした。子規と漱石とは、互いに尊敬しあう、本当の親友だったようです。

 魯迅は経験について、こう言っています。カバの去年の選挙での経験が、まさにこのことです。
「经验的所得的结果无论好坏,都要很大的牺牲,虽是小事情,也免不掉要付惊人的代价。」
(Jīngyàn de suǒdé de jiéguǒ wúlùn hǎo huài, dōu yào hěn dà de xīshēng, suī shì xiǎo shìqíng, yě miǎn bu diào yào fù jīngrén de dàijià。)
「経験がもたらす結果は、善かれ悪しかれ、みな大きな犠牲が払われており、たとえ些細な事柄でも、驚くほどの代価の支払いは免れない。」
 魯迅は歴史と経歴の効用について、こうも言っています。
「我们看历史,能够据过去以推知未来,看一个人的已往的经历,也有一样的效用。」
(Wǒmen kàn lìshǐ, nénggòu jù guòqù yǐ tuīzhī wèilái, kàn yīgè rén de yǐwǎng de jīnglì, yěyǒu yīyàng de xiàoyòng。)
「歴史を眺めれば、過去によって未来を推し測ることができ、一個人のこれまでの経歴を眺めるのも、また同じ効用をもっています。」
 歴史認識とは過去を直視することだと思います。過去において、とりわけ、明治維新から終戦までの日本の近代の歴史において、植民地支配と侵略はまぎれもない事実であることからして、その過去から平和な未来を推し測るためには、これからの未来を担う後代の世代も当然に先代のなしたそれらのことをきちんと認識し続け、二度と過ちを繰り返さない誓いとして反省とお詫びの気持ちを持ち続ける必要があるのではないでしょうか。それが歴史の効用であり、先人の経歴を眺めることの同じ効用なのです。

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