8月25日、台風15号が九州中国四国地方で猛威をふるっています。青森は風はつよいのですが、天気は悪くありません。夕方、憲法の学習会で外へでましたが、風がだいぶ涼しくなってきました。秋近しの感じがします。
魯迅はいいます。
「有谁从小康人家而坠入困顿的么,我以为在这途路中,大概可以看见世人的真面目。」
(Yǒu shuí cóng xiǎokāng rénjiā ér zhuì rù kùndùn de me, wǒ yǐwéi zài zhè tú lù zhōng, dàgài kěyǐ kànjiàn shìrén de zhēnmiànmù。)
「穏やかな暮らしから困窮へ堕ちた者なら、たいがい、その過程で世間の人の真の姿をみるだろうと、私は思うのです。」
魯迅はさらにいいます。
「感激,那不待言,无论从那一方面说起来,大概总算是美德罢。但我总觉得这是束缚人的。……因为感激别人,就不能不慰安别人,也往往牺牲了自己,……至少是一部分。」
(Gǎnjī, nà bùdài yán, wúlùn cóng nà yī fāngmiàn shuō qǐlái, dàgài zǒngsuàn shì měidé bà. Dàn wǒ zǒng juédé zhè shì shùfù rén de。.……Yīnwèi gǎnjī biérén, jiù bùnéng bù wèi'ān biérén, yě wǎngwǎng xīshēngle zìjǐ,……zhìshǎo shì yībùfèn。)
「感激は、言うまでもなく、どこからみてもたいがいは美徳とされる。だが、これは人間を縛りつけるものではないだろうか。……他人に感激したために、その人をいたわらざるを得なくなり、同時に、しばしば自分を犠牲にすることになる、――少なくとも、その一部分を。」
魯迅の言葉を、あと二つ。
「我的确时时解剖别人,然而更多的是更无情面地解剖我自己。」
(Wǒ díquè shíshí jiěpōu biérén, rán'ér gèng duō de shì gèng wú qíng miàn de jiěpōu wǒ zìjǐ。)
「私はたしかに、いつも他人を解剖しているが、しかしそれより多く、さらに容赦なく私自身を解剖している。」
「由我造出来的酸酒,当然应该由我自己来喝干。」
(Yóu wǒ zào chūlái de suān jiǔ, dāngrán yīnggāi yóu wǒ zìjǐ lái hē gàn。)
「私によって造られた酸酒(酢)は、当然、私によって飲み干されねばなりません。」

0 件のコメント:
コメントを投稿