8月24日、月曜日です。今年は、何か変です。春に庭先に鶯が啼き声を聞くことができませんでした。そして、例年になく春から庭の草花が見事に咲いたのに、蝶々やトンボが飛来する数がめっぽうすくないのです。極めつけは、蝉です。例年、ねぶたの頃から、御盆にかけて耳障りなくらいにアブラゼミが鳴くのに、今年は皆無なのです。不吉な予感がします。災害、とりわけ地震や台風が心配です。まさかの火山噴火もありえます。普段からできるかぎりの防災の備えが必要です。
魯迅は、勇者は怒ると、刃を抜いてさらに強い者に向っていき、卑怯者は怒ると、逆に弱者へと矛先を向けるものだというのです。救いがたい民族のなかには、もっぱら子どもたちへ睨みをきかせるだけの臆病者の英雄が少なからずいる、ともいいます。救いがたい民族の中に、日本がはいらないといいのですが。時の宰相が、臆病者の英雄でなければいいのですが。
魯迅はいっています。
「人们因为社交的要求,聚在一处,又因为各有可厌的许多性质和难堪的缺陷,再使他们分离。他们最后所发见的距离,―― 使他们得以聚在一处的中庸的距离,就是(礼让)和(上流的风习)。」
(`Rénmen yīnwèi shèjiāo de yāoqiú, jù zài yī chù, yòu yīnwèi gè yǒu kě yàn de xǔduō xìngzhì hé nánkān dì quēxiàn, zài shǐ tāmen fēnlí. Tāmen zuìhòu suǒ fā jiàn de jùlí,―― shǐ tāmen déyǐ jù zài yī chǔ de zhōngyōng de jùlí, jiùshì (lǐràng) hé (shàngliú de fēng xí).')
「人々は社交の必要から集うものの、それぞれがもつ厭うべき多くの気質や耐えがたい欠陥が、再び彼らを引き離す。彼らが最後に発見した距離――ひとつの場所に集わせる中庸の距離、それが「礼節」と「上流社会の作法」である。」

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