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2015年6月19日金曜日

6月19日、一群の鮎眼を過ぎぬ水の色

  今日は6月19日、金曜日です。今日も日課の子規歳時、魯迅箴言、論語一日一章のために机に向かうことから始めました。
 子規は明治35年になくなっていますが、16歳で上京し、21歳で喀血し、28歳で満州へ従軍記者として渡中しますが、帰国後すぐに大病におかされ、そのまま寝たきりのまま生涯をすごします。そのときの「病牀六尺」を読んで感動して激励の手紙を送ったのが、漱石の友人でもあった宗教家の清沢満之といわれています。この清沢をモデルとした人物が、漱石の『吾輩は猫である』や『こころ』に登場しているともいわれています。清沢満之という人についてはこれまで知らなかったのですが、浄土真宗に関する本の校正の仕事をしていて調べているなかの一人の宗教家として出てきたのです。その清沢が、子規や漱石にもつながるということで、名前をつよく印象付けられました。清沢も39歳で夭逝していますが、もう少し長生きしていれば、もっといいものを遺したのかもしれません。それこそ、孔子が「賢なるかな回や。一箪の食、一瓢の飲、陋港に在り」という顔回のようなひとだったようです。

 昨日、家の一階にある自室を掃除していて、魯迅の別の箴言集を見つけました。これは365箴言が収められています。あと三週間もあれば、今の魯迅箴言は終わりです。次は、この魯迅箴言を一年間、新魯迅箴言として読んでいくつもりです。あらたな目標が定まりました。その魯迅は、まっすぐものをみて、考え、語り、行なうことが、ことに対処することだ、と教えています。それを「あえて正視すること」だといっているのです。
 今日は、一日、「あえて正視する」ことについて、考えてみます。

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