次男が、2日の夕方の便で、家に帰って来た。高校の野球部の集まりがあるということで、たまたま2日と3日休みがとれたので、前後の学年のチームメートの新年会(2日夜)に出席するためにわざわざ横浜から飛んできたのだ。次男の嫁が仕事のため、孫と一緒には来れないとのことだった。
次男は12月25日、飛行訓練生の地上での最終シュミレーション試験に合格し、これからは実機で研修をするということで、暮れに羽田の寮をでて、新年を家族とともに横浜の社宅で過ごしていたはずだった。今年の正月は孫の顔は見れないと諦めていたけれど、カバも女房も思いがけず次男ひとりの突然の来訪であったが、弾んだ気持になったのは勿論だった。
次男は、飛行場から家に着くと、荷物をカバたちに預け、迎えに来ていた野球部の仲間と一緒に宴会場へ向かった。帰ったのは、午前3時。ところが、3日の青森発羽田便は全て満席。4日は朝から仕事とのことで、三沢便で帰らなければという。そんなわけで、朝7時に女房ともども三沢空港まで送っていくことになった。空港までの1時間半だけの親子の会話だった。それでもカバたちは満足だった。女房は空港で嫁と孫に土産を買い、出がけに作った海苔巻明太子おにぎりを2個次男に手渡して別れた。
4年半前、2年間のカリフォルニアのナパでの飛行士訓練を修了して帰国したものの、地上での副操縦士訓練を続けていたさなか、かねてからの噂の通り会社が破綻し、その再建のために自社でのパイロット養成が中断され、地上勤務を余儀なくされた。他社への転職、地上勤務者への転属等、次男は迷いもあったはずだが、パイロットの夢を捨て切れなかった。嫁も次男を支え、パートで家計を支えた。それから4年が経っていた。そして、昨年6月から自社パイロットの養成訓練が再開されることになり、漸く次男にもパイロットの夢がかなう道が開かれた。25歳で飛行士になるべく航空会社に入社し、8年が経とうとしていた。
カバたち夫婦は、1月8日にニューヨークへ飛び立つ。カバの女房は、生まれてから青森の家を4日以上離れたことはない。しかも、これまで羽田青森を二往復しか飛んだことのない彼女が、青森から1万キロも離れた言葉も通じない異国の地へ飛行機で飛び、そこで50日も過ごすのだ。彼女の決死の冒険に立ち合うはめになったカバは、結局、一旦もどり、2月に再び女房を迎えにニューヨークまでいくことにした。
1月9日、次男はB767機のタッチアンドゴーの訓練のためにグアムへ向かうという。順調にいけば6月末には、次男が三本線の制服制帽でどこかの路線でフライトしているはずだ。

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