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2013年7月4日木曜日

参議院議員選挙が公示

 今日は7月4日木曜日、参議院議員選挙の公示日です。現在、午前3時40分です。外はうっすらと明るくなってきていますが、激しかった昨夜の雨も、もうほとんと感じられないほどです。屋根の軒から雨がいまだに滴り落ちているということは、ついさっきまで小雨が降り続いていたことを物語っています。玄関先の庭の片隅でガクアジサイが忘れられたように白い花弁をのぞかせていました。奇しくも、投票日の7月21日の日曜日はカバの64歳の誕生日と重なりました。
 カバは何が何でも現行憲法を未来永劫変えられないとする者ではありませんが、9条だけはどんなことがあっても変えてはならないと思う者であります。その意味で、9条改憲を志向する者たちに国会議員の3分の2を与えてはならないと確信しています。また、2011年3月11日東日本大震災による福島第一原発事故をみるまでもなく、これ以上1gたりとも使用済み核燃料をはじめとする放射性廃棄物を生み出してはならない(放射能を人類と自然界において科学的に無害化できないという理由から)という信念から、原発再稼働や核燃サイクルの推進論者の側の人間が国会にでてほしくないと思っているからです。
 今年のカバの誕生日が悦ばしい日になるか、そう思うと暗澹たる気持ちに陥ってしまいます。情勢は厳しいどころか、安倍自民の1強他弱の勢いは止まる所をしらない。なんとしても、改憲・原発再稼働・核燃推進の自民の独走を阻止したいのだが、カバにはその力はない。いままで、ずうっと弱者、少数派に身を置いてきたのだから、死んでもぜったいに諦めない、抵抗を続けていこうとおもう。平成史の転換点にある今日、かつての同僚、同志たちに「諦めるな。たとえ屍となっても、希望へと続く路の踏み石となって次代に続く人たちの指針となろう」と訴えたいのです。参院選では負ける鴨しれないが、希望の灯りが全くないわけではないからです。
 昨夜6時半から、先の市長選挙で鹿内市長を応援した勝手連主催の「市長と語る何でもトーク」がありました。カバはその席上、「マニフェストを掲げて再選された鹿内市長が6月議会で提案した重要案件(補正予算の市庁舎建て替え関連経費、議員報酬15%削減等、市職員給与減額)が否決されたのは市長不信任ともいえるので、いっそ議会を解散して信を問うべき」と主張しましたが、市長は議会解散を否定したうえで、これら3議案をふくめマニフェスト関連の重要議案を9月、12月議会に提案し、ねばり強く議会で討議していくと語りました。カバは市長のまじめな態度をよく理解できました。徹底して議論をたたかわして、その上で議会と合意するまで何度でも提案しつづけるという強い信念がうかがえました。たとえ、少数否決されても、それで市政に対する市民の関心が高まり、行政や議会への市民のチェックが可能になるのであれば、すこしぐらい議決が遅れても大きな問題はないという大きな心があってのことだと思いました。
 21日どんな結果になろうとも、自分の信念に基づいて、諦めることなく、希望を捨てずに最後まで努力することにします。そして、それは魯迅ではないが、「たとえ我が身が滅びようとも、世界が滅ぶことはない」と固く信じ、さらには「わたしの進む道こそ、希望へとつづく道」なのだと、自ら捨て石となる覚悟をもって歩んでいこうと思っています。
 今朝の新聞で、3日の原子力規制委員会に関する重要な報道が二つありました。一つは、原子力緊急事態宣言(原発で大事故が起きる恐れがある際に首相が出す)の判断基準について、現行(500マイクロシーベルト)より100倍(5マイクロシーベルト)厳しくする改正案を発表したことです。
 現在、原子力災害対策特別措置法施行令では、原発の敷地境界で測定される放射線量が毎時500マイクロシーベルトの場合、首相が「原子力緊急事態宣言」を出すことになっているが、これを毎時5マイクロシーベルトに厳格化するというものです。緊急事態宣言が発せられると、政府は首相を本部長とする原子力災害対策本部を設置し、住民避難指示などの対応にあたることになっています。また同日、原子力規制委員会は、関西電力大飯原発3,4号機の9月までの運転継続を認めています。運転継続を認めた原子力規制委員会へ安易な継続へ沢山の批判が出ています。
 また、青森市は3日、市防災会議を開催し、今年1月の県の「県津波浸水予測図」に基づいて市独自の「津波避難計画」を年度内に策定することを明らかにしました。さらに市は、東通原発(東北電力)での事故を想定した「市原子力災害対策計画」の策定状況も報告され、市民の安全を確保する方法や災害発生時における市職員の配置体制、むつ市や東通村からの避難者6万人の受け入れ態勢などについても検討をすすめるとしています。

 

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