6月15日午前2時に保健大学に到着し、W教授の荷物を降ろし、彼と別れ、家に着いたのは2時半でした。結局、布団に入ったのは、3時でした。36時間の間に仮眠したのは、2時間くらいで、4時間くらいは車や山荘や鈴虫温泉で横になっていただけでした。ですから、疲れきっているはずなのになかなか眠れません。
8時には起きました。そして、朝食を食べ、二日間の汗を洗い流し、10時からのふれあい教室に間に合うように家を出ました。土曜日、結局、家に戻ったのは夜の10時でした。
さすがに眠く、すぐに布団を敷いて寝てしまいました。
昨日の日曜日は青森高校野球部の創部110周年記念事業で、弘前高校との定期戦(現役・OB)のあと、懇親会がアラスカ会館でありました。懇親会には、鹿内市長、そして元(山口同窓会長)・前副知事(蝦名県体協理事長)2人も出席し同じメーンテーブルに臨席した。まさに、4月14日の市長選挙を髣髴させる呉越同舟の感がありました。野球部OB会(甲田クラブ)の会長はK市議なので、これら3人に案内状を出したとのこと。市長選挙にも立候補した前副知事は野球部のOBで甲田クラブの顧問、一方、同窓会長の元副知事は選挙では表面に出ないで、評論家を決め込んでいたようだが、彼も野球好きで、今年の夏の甲子園に青高を出すと大阪での関西同窓会支部総会で約束してきたことを披露した。
一方、市長はカバと同じ三四郎クラブ(青森高校を甲子園で1勝させる会)の会員でもあり、市議会議員、県議会議員時代は議員野球の選手でもあったくらい、野球好きの面もある。
カバは市長派、おなじ懇親会に参加した高校同期でカバの事務所の大家でもある水口君は野球部OB・甲田クラブの会員でもあり、市長選挙では前副知事派でこれも因縁の取り合わせだった。当日、カバは市長とは話をしないまま、彼が挨拶が終わってすぐに中座したので、それっきりだったが、メーンテーブルの隣のテーブルに居たカバのところに、元副知事と前副知事の二人が相次いで酒を注ぎにきた。本当は、無視したかったのかも知れないが、カバだけに注がないわけにもいかず、ひさしぶりに挨拶する羽目になった。
元副知事には木村知事時代に県庁で核燃サイクル関連の政策要求・要請書を提出し、その説明をしたので、二三度会ったことがあった。それと、明大OBの彼はその昔、青森市の助役も経験しているので、青森市役所にいる明大卒のカバの同級生たちにとっては元締め的存在で、その縁でも旧知であった。
一方の前副知事とは、ちょうど彼が副知事となったとき、県原子燃料サイクル政策懇談会の委員として、二年間にわたって合計11回も会議で顔を合わせてきた。それだけでなく、まだ彼が商工労働畑の課長になるかならないとき、野球部OBのなかでもひときわ目立つ存在で、土日の母校の野球応援に欠かさず球場に足を運んでいた人である。長男の時、次男の時もカバたちの後ろで厳しい視線をグランドに向けていたのを憶えている。当時から、ガラッぱちの元気なひとであった。
「あんたの所の子は、いまどうしてるの」
「長男はニューヨークにいます」
「里村監督がピッチャーで、あんたの所はショートでキャプテンだったよね。あのときは、ほんとうに強かった」
「はい。よく応援していただきました」
「下のほうはどうしてる」
「はい。横浜にいます。日航で働いています」
「そうか」
それだけだった。
二人の副知事とは、選挙の話も、核燃サイクルの話も一度もなかった。

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