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2013年5月17日金曜日

森鷗外の『後北游日乗』と青森

 二月の北狄に「精三老人のねぶた」を書いた。いま、二十五日締切に間に合わせようと、「ねぶた師平蔵」を集中して書いている。今日で家に籠もって三日目だ。不思議なもので、書いているうちに中国へ一人旅したときのことを書きたいと思った。それに、「冥界の王」も完成させたいし、友人の死の謎を自分捜しのに重ねる小説も書きたいと創作意欲がどんどん膨らむ。
 「ねぶた師平蔵」は家業が提灯職人の話で、ねぶた作りのことと併せ、提灯のことも調べて書いている。そのついでに、カバは手元にある2007年8月発行の「遙」30号に書いた「鷗外が頼んだ提灯」を開いてみた。
 『後北游日乗』によれば、21歳の森鷗外は陸軍軍医として東部検閲監軍部長に随行し明治15年(1882年)10月3日に箱館から船で青森港へ着き、濱町の鶴屋という宿屋に投宿している。当時の濱町は西から濱町通りを東へ、堤川に向かって一丁目から六丁目まであった。カバの家は六丁目、塩屋も五丁目か六丁目と考えられるので、鷗外は翌五日に善知鳥神社に参っているので、提灯屋の前を通っているに違いない。そのことを想いながら、鷗外が提灯を注文する話を想像して書いた小説だった。
 それにつけても、小説を書いているのは愉しい。世界がどんどん広がっていく。この歓びこそ、人生の至上の幸福なのだと思う。
 

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