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2013年4月30日火曜日

ねぶた団地で作龍師を見つけ、竹浪比呂央ねぶた研究所にも寄る

 今日は4月30日、4月最後の一日だ。今日は日中友好協会青森支部の花見の宴だ。しかし、朝からの雨で、カバの息子は役所へ自転車を置いて出かけた。カバは今月は31日まであるものと勘違いしていた。昨日までそう思っていた。たった一日の違いでも、明日から5月だと思うと少々焦る気持ちが湧いてくる。朝の軽量で89キロだった。2日の定期健診まで絶食することにした。
 10時半に漸く雨は止んだ。着替えをして自転車で出かけたのが、11時5分前だった。自転車に傘を挿して出かける。県庁の桜は二分咲きになっていた。昨日は蕾だけだったのに、一日でこうなるのである。遅咲きの桜はつるべ落としのようだ。
 月末に賃料が入るのを思い出し、郵便局で三内の家賃分の2万5千円をおろす。そのまま、国道を堤橋を渡り、浪打通りを折れ、市立体育館の駐車場を通り抜け、テニスコート脇を合浦公園西口に自転車を置く。屋根のかかった孔雀ゲージの手前の駐輪場だ。これなら俄か雨でも大丈夫だ。
 公園は桜が蕾のままで、しかも平日、さっきまで雨とあっては、歩道を歩く人もなかった。両側の屋台もまったく手持ち不沙汰のようだった。正面突き当りのセンターまでいくと美濃さんから電話がかかってきた。皆がお待ちかねだという。東側前方で携帯電話をかけている美濃さんの姿が見える。通訳の孫さんの隣に座る。向かいに大川さん、その隣が貝さんと木村さん。挨拶を交わす。カバの左隣が木村さんの奥さんと井沼さん。右隣りの孫さんの隣は同じ中央学院大学の方さん。全部で25人が、屋根シートつきの屋台だから、雨が降っても大丈夫だった。吉川さんの民謡を聴いて、貝さんとQQつながりのことを孫さんと話す。折と「パックの寿司」には手をつけずに貝さんにあげる。焼き鳥もおでんにも手をつけなかった。とにかくあと二日で4キロは痩せないと先生から叱られるから、空腹をじっと我慢して、ビールを少し口にする程度とした。カバは、最期に遅れてきた工藤さんから新聞に名前がでるのをいつも見てると励まされた。いいものを書かなくてはと思った。
 途中二度、俄か雨のような激しい雨足に襲われるが、収まるのを待って、お開きとなる。2時になっていた。カバは今日は、合浦公園から海沿いに帰ることにした。相馬町の岸壁から、堤川を渡り、また蜆海の岸壁に足を運び、浜町、安方まで自転車をゆっくり漕いでみた。
 安方の中央岸壁が完成し、北埠頭が海峡へ延びていた。
 寺山修司が「マッチ擦るつかの間海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや」と詠んだ灯台はいまはなく、北埠頭の突端に新しく設置されていた。夏までには芝生や花壇など、もっともっと整備されるはずだ。埠頭の東西の両側に展望椅子がデッキに据えられていた。北埠頭の未整備の原っぱの上空をひばりが囀っていた。灯台までの三百メートルほどの遊歩道は素晴らしい景観だ。5月の半ばから9月いっぱい陸奥湾の静かな海鳴りと八甲田の山脈の景色を楽しめるはずだ。
 「マッチ擦る」北の埠頭に雲雀啼く
 北埠頭から青い海公園のデッキを走る自転車の音を耳に響かせながら、ゆっくり八甲田丸の方まで足を延ばし、下北汽船のターミナルでUターンして、今度は、アスパムを覗き、トイレを借りた。
 そして、ねぶた小屋を回った。シートが半開きになった小屋を覗くと作龍さんと弟子がねぶたの手の部分を制作していた。しばらく見つめる。作龍さんも少し老けて見えた。彼の弟とカバは中学・高校がいっしょで、仲もよかった。かつてその友人は高校の後半からいつしか心のバランスを崩したのだった。作龍さんを見かけるといつもその弟のことを思い出し、少し胸がつまる。第5代ねぶた名人の作龍から今年にかける思いも伝わってきた。
 作龍さんの小屋を離れ、竹浪比呂央ねぶた研究所を見に行った。100円で絵葉書1枚と五月展の案内状となっている絵葉書ももらった。今年も何度かねぶた団地の小屋とねぶた研究所に通うことになりそうだ。
 カバの小説「ねぶた師平蔵」は作龍さんをモデルに、父に重ね合わせるように書くつもりだ。古川の事務所に着き、水口君に5月分の家賃5千円払い、13日の月曜会を事務所で開くことを告げて階段を上った時、時計は3時40分をさしていた。
 サイフォンでコーヒーを飲むことにしたが、日に日においしいコーヒーを淹れられるようになった。
 

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