今日は朝から、いろいろな準備があり、結局、自転車に乗って家を出たのは、11時だった。西滝川の土手を行き、神社庁の脇を久須志四丁目に抜け、武藤君の家の横をすりぬけ、古中の手前から浪道へでた。そこから線路を二つ跨ぎ、古小前から旭町通りへ出て、内旧線路から古川の事務所へ直行した。寒くはなかった。出がけにソーラーの発電状況は2.75Kw/hであった。春先の自転車は実に気持がいい。13分で事務所前まで到着した。
事務所の鍵を開け、2階へ。ショルダーバッグとカップラーメンを置き、すぐに金澤弁護士宅へ行き、小野弁護士のところへ遙最終号を届ける約束だった。長島の小野弁護士の事務所を訪ねるも弁護士不在につき、本を事務員に手渡して戻る。途中、小野弁護士とばったり出会う。元気そうだったので、北狄の合評会欠席の不安が払しょくされた。
小野先生と別れ、憲法を守る県民の会のチラシまきの手伝いに新町へ向かう途中、時間があったので、長島の県庁向かいの鳴海のそば屋に向かうことにした。鳴海昇君は元気に商売を続けていた。昇君も長島小学校6年7組だ。時間は午前11時45分だった。客は3人。カバは中を頼む。600円だが昇君のつくるラーメンは美味しい。そのうち大ラーメン1050円に挑戦してみたい。祐川君、外崎君などの同級生の消息話をひとくさりしているうちに、互いに懐かしさを通り越して、むかしの皆ともう一度会ってみたくなった。昇君の亡くなった親父さんの夜鳴きそばの屋台のあとをついて新町を、安方を、岸壁を歩いたことを懐かしく思い出し、二人で語ったのだった。小学校の同級生はいいものだ。会うだけで、生きる勇気が湧いてくる。
ラーメンを食べた後、国道を横切り、元東映前に向かう。金澤先生、杉村さん、前田さんらがすでに到着していた。カバは自転車を置き、道行く人に「憲法9条の改悪に反対しよう」と訴えチラシを配る。ゆっくり近づき、「すみませんが、読んでください」と丁寧にチラシを渡す。サラリーマンや若い女性に無視されるが、中年女性や老人の反応はいい。「子どもや孫を戦争にやりたくないから、憲法9条を守らなればならないです」と心の中で叫ぶ。
十二時四十五分街宣活動終了。そのまま事務所へ戻る。NHKろじるでFM放送を聞きながら、論語一日一章に手をつける。孔子「論語」第6篇「雍也第六」は結構難しい。中日辞書で片っぱしから漢字のpin音を確かめ、PCに入力して現代中国語の簡体文字で表記する方法だ。
論語がなかなか先へ進まないので、サイフォンでコーヒーを淹れ、それを飲みながら、新聞を読んだり、pipiのチラシの標本を見てあたらしいチラシの構想をねったりしながら、論語の雍也第六の第4章の書き込みをどうやら終えたときには、午後の3時半が過ぎていた。
そのあと、自転車で港町の良ちゃんのところへいく。二日連続で行くのは、何年振りかだ。来年10月のことを彼に相談に行くためだった。
「鹿内市長に対して市民が不満におもっているのは、市民の意見を聴くとしながらも、彼が何をしたいのか、とくにこれだけは市民のためにやるのだいう強いメッセージが伝わってこないためだ」
良ちゃんはそういう。
思い切ってカバは言った。
「物質的な豊かさではなく、青森ならではの文化・自然の遺産がたくさんある。三内丸山遺跡しかり、小牧野遺跡の縄文遺跡のストーンサークルもすばらしい。また、青森市が保有し、ただ保管し、無管理状態で放置しているだけの棟方志功、関野準一郎、鈴木正治、阿部合成、常田健などのたくさんの美術芸術作品をこのまま腐らせてしまうのはもったいない。太宰治が4年間、寺山修司が6年間、学んだ街であること、他にもたくさんの文学者・文化人を生んだ街であることを市民がほこり、子どもたちにその素晴らしさをもっともっと伝えるべきだと思う。それに、江戸時代からの歴史と伝統のあるねぶた祭りもしかりだ。世界中でこんな祭は唯一無二なのだ。さらに、八甲田の雪と水、陸奥湾の海の幸に恵まれた、われらが青森は世界に誇れる四季の彩りのはっきりした街なのだ。青森市民はこうした自然と文化の恩恵に浴し、それらを共有していることをもっともっと誇るべきだ。そうした自然と文化遺産をもっともっと掘り起こし、眠っているものを表に出して、それを市民が享受共有し、心が明るく豊かになれば、こどもも大人も、お年寄りも、障害のある人も、もっともっと元気になるはずだ。子供たちが学校を卒業して、ふるさと青森に残る、残りたい、さらには、都会や他の地で働いていた人がUターンして、ふるさとに戻ってきたくなるような青森になるように、自然や文化財、ねぶたなどを市民がひとりひとり自らのものとして自覚しそれを誇りに思い、それらを次代の孫子に胸をはってつたえられる街にするべきではないか。それが63歳の年金生活者がこの街で死んでいく者としての最後の仕事としたい」
カバは自らの夢を良ちゃんにつとめて冷静に語った。
「君が最低でもこれだけはやりたい、いまの文化のことでも、具体的にはっきりと目標をもってやりたいんだと言えば、きっとみんな(友人たち)も応援してくれるはずで、私もそう思う。だから、よく考えて君が決めたらいい」
良ちゃんはそう言ってくれた。
「決めたら、また相談に来るから、そのときはよろしく」「わかった。応援する」
その言葉に勇気づけられて、カバは陸奥湾が一望できる合浦公園横の良ちゃんの事務所をあとにした。西風が強く顔にあたったが、なま温かく感じた。
そのあと、堤川をわたり、浜町教会の前を通り過ぎ、6時から労福会館での憲法学習会に行った。金澤先生の緊迫した憲法改正の状況にあるとの講話を聴き、想いを新たにした。講演終了後、前の席の駒田さんと岳樺へ。そこで、情勢交換したついでに、来年10月のことを話す。驚いた表情の彼も、いちおうの了解をしてくれた。こうして、少しずつ環境は整いつつある。

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