中国では、その昔、天子さまが毎年12月になると翌年の十二カ月分の暦を諸侯に与え、諸侯はこれを受けて、暦を先祖の廟におさめたという。そして、毎月一日に、一頭の羊を供物として一日(朔日という)だということを廟に告げて、その月の暦を廟から請い受けて国内に施行するというのが、周の時代の習わしだったという。しかし、孔子の生まれた魯の国では、文公以来、朔日を告げて政を視るという習わしを止めて、ただ羊だけは毎月、廟に供物として供えていたという。
合理主義者の孔子の弟子の子貢が、羊の供え物は無駄だから止めようと言ったのを、孔子が諌めて、羊を供えることだけでも残っていれば、またいつか朔日を告げる礼を復活することができるとして、羊を供えることを止めるべきではない、と言ったということが論語に記されています。
つまり、有名無実なことでも、廃してしまわないほうが好い場合もあるという話です。

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