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2012年7月21日土曜日

さよならだけが人生だ

このごろいつも考えるのは、日本はこのままでいいのだろうか、ということだ。77歳のノーベル賞作家の大江健三郎さんは、「日本政府が福島原発事故が収束していないにもかかわらず、大飯原発の再稼働を決めたことは、日本国民を侮辱する行為だ」と16日に代々木公園で行われた「さよなら原発1000万人アクション10万人集会」と怒りをあらわにした。同じことは、大飯原発の再稼働を容認した福井県知事はもちろん、橋下大阪市長ら京都府、滋賀県の知事も、それぞれの地域住民を侮辱したことになる。
 有権者が自ら選んだ選良によって侮辱されるという恐ろしい現実がいまの日本にはあちこちで起こっている。カバの住む青森県にしたってそうだ。原子力委員会のもとに設置されたエネルギー大綱策定委員会の基本問題小委員会で、委員のひとりの三村青森県知事は気色ばって、他の委員の制止さえも振り切って、「もし、日本が全量再処理政策を止めるのなら、これまで国策に協力してきた青森県は国と取り交わした約束通り、全ての使用済み燃料をはじめ、あらゆる放射性廃棄物を発生源である原発に持ち帰ってもらう」と叫び続けたという。青森県民が国策に協力して六ヶ所村の核燃サイクル施設を受け入れたのでないことは、政治に疎いカバでさえも知っている。いままた三村知事は、青森県民を侮辱して、偽りの約束を持ち出して、国に加担しようとしている。
 このように、国と地方自治体がこぞって、二重に住民と有権者を愚弄し、侮辱している現実をどう捉えるべきなのだろうか。いまや、この国に正義がないことははっきりした以上、頼れるものは自分とおなじ想いの市民だけだ。
 かつて、広島原爆被災者の惨劇と命の尊さを抑制の効いた文体でえがいた『黒い雨』の作者井伏鱒二は、「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」を処世訓とし、いくつものクライシス・モメントをのりこえたと書いている。いっぽう、東洋最大の文豪のひとりである魯迅は、未来へ希望をつなぐのは、詩人の詩であるとして、的中する予言は詩人でもある預言者の詩の中にあるといっている。
 「予言は例外なしに詩であり、詩人の大半は預言者である。しかし、予言は単に詩にすぎないだけだが、詩はしばしば予言より的中する。」
 このように真の為政者のいない日本にあっては、井伏のいうように「さよならだけが人生だ」と口ずさみながら、権力悪と正面切って闘い、現状維持を唱えるいくつかの理念にさよなら言うことによってのみしか、生きるすべがないのだ。
 カバは原発と再処理にさよならを言い、侮辱されたことに怒りをこめて、野田にも、三村にも、さよならと告げる。

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