カバは二人のプロ野球選手を知っている。一人は去年のシーズン終了とともに引退し、もう一人は昨年ドラフトで指名され、ことしの春からプロ野球選手になる。
引退したのは早川大輔選手。カバの長男の大学時代からの友人だ。一昨年の長男の結婚式にもシーズン中にもかかわらず出席してくれた。ノンプロを経て、イチローの抜けたオリックスに入団し、その後、ロッテを経て横浜に移った。ほぼ十年間、好走・守の外野手として一軍で活躍した。彼は千葉の県立高校から、一般入試で立大に入り、遊撃の名手として六大学では鳴らした。プロではスイッチヒッターの外野手として、一、二番の打順だった。ロッテ時代に、シーズン終了後のマリンズ球場を見学させてもらったことがある。立大時代はキャプテンで、統率力・指導力において優れていた。引退後は、古巣のオリックスの球団職員となることが決まっている。彼はコーチ・監督の道を歩んでほしいものだ。
もう一人は、森内一寿君だ。昨年の都市対抗野球で完全試合を達成した投手だ。念願のドラフトで北海道日本ハムファイターズに5位指名され、契約金4千万円、年俸1千万円で契約し、キャンプイン前に結婚も決めたラッキーボーイだ。彼は青森市の油川大浜出身だ。リトルリーグの青森ジャイアンツ、青森シニア出身の初めてのプロ野球選手でもある。彼は両親の期待を一身に集めて、小学校の時から、将来のプロ野球選手を夢見て野球一筋でこれまできた。カバは青森ジャイアンツ、青森リトルシニア時代の彼をみてきた。野球に対するひたむきさでは群を抜いていた。彼は高校にあがるまで、投手をしなかった。内野手をやっていた。それは当時の野球指導者の肩や肘を壊させないための方策だった。八戸工大一高では三年生のとき甲子園県大会の決勝で投げた。カバはいまでもおぼえている。9回2アウト2ストライクノーボールの場面だった。正直な彼は3球三振で甲子園行きを決めたかったのだろう。その一球を痛打され、逆転負けの苦杯をなめた。
彼は青森大学でも活躍した。神宮大会にも出た。16奪三振の記録も作った。なのに、ドラフトではどの球団からも指名されなかった。その悔しさをバネに、彼は盛岡のJR東北で野球を続けてきた。そして4年目の去年、完全試合という偉業を成し遂げ、一躍有名となり、ドラフトでも指名された。
早川元選手には、プロ野球の指導者としてこれから名を遂げてほしい。森内投手には、完全試合とまではいかなくても、早く1軍で投げて、早く1勝してもらいたい。そして、早川元選手のように10年間は頑張ってほしい。
それにつけても、森内君のご両親には重ね重ね、おめでとうをいいたい。

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