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2012年1月9日月曜日

師のことを想う

師の服部進が亡くなってまもなく三年になる。カバが師の門をたたいたのは十五年前だ。そのときカバは四十八歳。友人の路明夫が最後の作品を北狄に発表してから一年がたっていた。それから五年余り、カバは路と何度も師の家にお邪魔して、酒肴をともにした。それでも路は書かなかった。最後の作品を作品集に掲載しただけだった。師はいつも、「無理をせず、書ける時がきたら書けばいい」と言っていた。
 師は二十代半ばに同人に加わった路に心底から期待し、北狄の後継者とみなしていたのだと思う。しかし、路は寡作だったし、乞われてなった編集長も県職員の仕事との両立が難しく一年で断念した。編集長をおりた路の後任を、代表の師が引き取った。
 八年前、カバの母が亡くなった。師との約束通り、カバは北狄の編集長を引き受けた。その任にあらずとは思ったが、他の先輩同人も引き受けてくれず、路は一年ほど前から、合評会や同人の会合にも顔を出さなくなっていたので、これ以上師に編集長の仕事を押し付けるわけにはいかないと思ったからだ。路はその年の秋に死んだ。
 師の一周忌のあと、夫人は子息のいる埼玉に引っ越すということになった。師の家が取り壊されて一年半が過ぎた。庭の木も大半が倒されたが、まだ一部残っている。丹精を込めた苔はどうなったのだろうか。カバは師の家の近くを通りかかるとき、いつも師のことを想う。
 師が余命半年と言われる病に倒れるまで、年に六度は師の家で教えを乞うた。酒肴のもてなしは相変わらずだった。路に先立たれ、師を失って、カバは心棒のない、ウドのカバになった。
 命日が近づき、中国へ行くべきではなかったと、想う。なぜなら、得たものも少なくなかったが、埋め尽くせない空洞が限りなく拡がっているからだ。
 路と師の文学の魂を、カバが引き継いでいかなければならないという使命を感ずるからだ。もう、アメリカにも、中国にも、逃げ場がないのだ。故郷で朽ち果てるまで、書くことで自分を表現するしかない。

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