カバは痛風の痛みが発作だということを初めて知った。十一月の上旬から中旬にかけて、杖をついて歩くのもようやくの状態で、足が痛くて、夜も眠れない日が続いたのに、下旬から痛みが和らぐと紹介された名医のところへ行くという約束を繰り延べしていた。
医者に行こうという朝には、雪が降った。痛みがとれてからは、校正の仕事と小説の原稿書きが重なった。そして、とうとう12月になった。最後の小説を書き上げたのが3日だった。
完全に痛みは消え、歩行も元に戻った。階段も走って昇り降りできるようになっていた。先輩から、取り返しがつかなくなる前に受診するように、強い勧めもあった。カバは息子の扶養の保険証を初めて使うことにした。去年の三月まではカバが本人の保険証だった。
昨日は研修会の予定が入っていたので、今日に決めた。朝、それでもまだぐずぐずしていた。明日の「小説を書こう講座」の受講生の小説原稿の添削を依頼された分の半分がまだ残っていた。結局、何も手がつかないまま11時40分になった。慌てて、家を出るも医院についたのは12時5分だった。
受診の来意を告げ、尿を採って、ふたたびごご2時に病院へ。40分待たされて、院長が診察。痛風の怖さと一度なったら治らないし、発作をおさえるだけだと教えられた。40日分、40錠の薬をもらい、明日もまた血液検査のため、通院することを告げて帰宅した。
こうして、カバは痛風の発作を抑えるために、これからの人生、痛風と付き合っていくことになった。尿酸値を下げ、痛風の発作をおさえれば、他の合併症の発症を抑えられるとの院長の激励を受けた。たいしたことはない、毎朝1錠であの死ぬ苦しみの発作から解放されるのなら問題はない。
カバはこうして痛風もちの患者となり、主治医の名医に指導されることになった。

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