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2011年11月5日土曜日

二人の町長

 カバの友人の友人が相次いで町長に当選した。カバはその二人と高校同期なのだが、ほとんど面識がない。同じクラスになったことはないし、二人とも東北線の汽車通だったから、高校に入学するまでに合ったこともない。高校では目立たない存在だったことは間違いがない。ましてや、ふたりとも東京の私大に行ったので、卒業後の学生時代にも会ったことはない。
 同期会で顔を合わせても言葉を交わしたことすらない。しかし、向こうはどうかはしらないが、こちらは二人のことを知っている。それは、二人の父親が政治家だったからだ。でも、彼ら二人は政治家に向いていないと思っていた。真面目で、おとなしいというのが印象だった。
 先に町長になった方は、県会議員だった父親の後を継いで、油屋の家業の傍ら県議になった。保守党なので顔を合わせることもなかった。それが、県議をやめ、家業も閉じて、町長に転身したのだった。大差で現職を退けた。
 もう一人の町長は、その父親も元町長だった。大学卒業後、県庁に勤めているのは知っていたが、県庁内で出世が早いとは言えなかった。派手さのない、無口な男だった。その彼が、定年になって、一年余、それこそ一念発起したのか、町長選挙に打って出た。元町長の父親が死去してから二十年以上経っているというのに、四人の混戦を制して当選した。
 なにせ隣町とそのまた隣町の町長に高校の同期がなったことは、おめでたいにはおめでたいことなのだが、カバには所詮政治家の子どもは、最後は政治家として終わるしかないのか、と嘆きたくもなるのだ。カバの父親が政治家で、来月にでも市長選挙があるのなら、三匹目のドジョウにあやかって出馬宣言までしたい気すらするくらいだ。
 これからは確実に人生90年時代に突入する。60歳になって、カバは90歳どころか、100歳まで生きる計画を立てた。前半の50歳までは恋やセックスや野望、そして自分と家族の幸せを願ってひたすら坂をのぼる。
 50歳を過ぎたらあたらしい価値観で、下り坂をゆっくり下りるのだ。もちろん、恋やセックスや野望にはおさらばだ。62歳は後半人生の小学校を終わったばかりだ。もはや、家族の生活のために犠牲になる必要はない。名誉も地位も必要がない。最初は61歳で一切の仕事から引退して、年金生活をするつもりだったが、あと40年間年金だけで何もしない生活するのもなんか虚しい気がして嫌になった。新しい人生を歩むのだから家族の世話にならないように自活しなければならない。それで、最低限の活動ができるだけの仕事をすることにした。それも、自分のこれからの半生にとって役に立つ仕事をだ。
 月に10万稼げればいい、5万でも大丈夫だ。人の欲望にはきりがない。心さえ豊かであればいいのだ。後半生は孔子の言うところの徳と仁で生きなければならない。50歳から62歳までは、その準備期間だと思う。
 そんなふうにカバは考えている。

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