8月12日、シネマディクトで上映最終日の「孫文の義士団」を観た。孫文(1866~1925)は辛亥革命の指導者であり、清王朝をうち倒し、中華民国を建国させた偉大な革命家である。この映画は、辛亥革命の蜂起と指導のために東京から香港に帰国した孫文を清王朝の西太后の暗殺命をうけた500人の刺客団から守った8人の義士の物語である。孫文が香港に上陸し、地下室で待つ、13の省の革命代表者と会談している1時間を替え玉をつくり時間稼ぎの攻防を繰り広げるアクション映画である。
部隊は1906年10月の香港。辛亥革命が成功する1911年10月10日の5年前という設定だ。映画のストーリーやアクションシーンはともかく、この映画で孫文が辛亥革命の蜂起をうながすわずか1時間の会議によって、その後の中国を飢えや貧困から救うことになる革命の成就がなされた背景に、いかに多くの人民の血が流されたかということである。
また、この映画を通じて、孫文と日本、辛亥革命と日本のつながり、戊戌の政変を潰した西太后が、こんどは革命の旗手・孫文を暗殺することによって、清朝の命運を延命しようとするのだが、暗殺団500人に対して、革命の指導者を守ろうとする義士団8人の犠牲によって、どうにか孫文は暗殺されずに、所期の会議を成功させることができて映画は終わる。
この映画はまさに辛亥革命100年を記念して創られたものだ。明治維新によって近代化を進めた日本と戊戌の政変を西太后のクーデターによって歴史の歯車を逆行させた中国清王朝を対比させて考えるのは面白い。1853年6月のペリー来航から始まった幕末の攘夷運動がついには1867年10月の大政奉還につながり、翌年の明治維新となった。一方、中国では戊戌の政変が失敗に終わった1898年から辛亥革命の1911年10月まで近代化が大きく立ち遅れることとなった。日本に遅れること実に43年という年月を要したことになる。
その遅れをGDPでみたとき、丁度今年、中国共産党建国90周年の記念すべき年において、ついに追いつき、追い越したとして、90周年とともに北京の天安門広場で夏休み期間中、国をあげて祝っているのだ。43年分の遅れを100年かけてとりかえし、さあ次はアメリカを抜いて、名実ともに世界の中心に中華思想を置こうという野望をもって、14億の人民を導こうといまの中国はしているのだ。さあ、どうする日本。大震災の復興と福島第1原発事故の対応に追われる政府は、復興復旧をまず最優先させるべきだが、その先に何を見据えるかも大事ではないのか。米と中の第三極に位置づけるのか、あくまで米の子分として、中国と対峙するのか、それがまさに問われると思う。誰しも、日本が東アジアという括りで中国と組んでアメリカと対峙することだけはなさそうだ、とは思っているのは事実だ。
いずれにしても、良かれ悪しかれ、当分の間、中国とアメリカから目を離せないのが実情である。

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