ねぶたは終わった。東北新幹線が新青森駅まで延伸されて初めての祭りでもあった。しかし、ねぶた期間中(5・6・7日は週末となった)、好天に恵まれたのにかかわらず、観光客や県内や市民の人出は(昨年より31万人も少なく)、過去10年間で最も少ない266万人だったという。その最大の原因は、東日本大震災の影響というよりは、青森市にあったのではないかと思う。それは、青森市にも青森市民にも、ねぶた祭を日本一の火祭りとして誇りに思うものの、東北復興のためにもてなしの心をもって自らも委縮することなく、外に飛び出していこうという気持ちが欠けていたからだと思う。高速道路無料化の国の制度を活用し、市民に対して被災者、非被災者の線引きをしないで、積極的に高速道路を利用して、復興のための市民生活の活性化を呼びかけるべきだったのではないかと思う。市民それぞれが大震災で停電によりなんらかの損害を受け、被災しているのに被災者はいないと決めてしまったことが、夏休みや夏祭りの期間の市民の自主的活動を自粛させるのと同じ結果につながったのだと思う。もし、青森市が市民本人を被災者と認定してくれていれば、市民は高速道路の無料化を活用し、岩手県や宮城県、さらに原発事故で被災した福島県に住む両親や親族・親戚・知友人をねぶた祭に招待し迎えに行って、お盆過ぎにまた現地まで送りとどけることもできたはずである。その点、隣接する平内町や蓬田村、さらには外ヶ浜町の住民が羨ましいかぎりだ。
カバ自身もこの問題を提起して「おまえは被災者証明の発行によって、無料でレジャー旅行したいだけなんだろう」とのを批判を受け、とんでもないと高速道路の向こう1年間(2012年6月19日まで)の不使用宣言を発したくらいだ。
国があえて減税策ともいえる高速道路利用に関する被災者支援としての無料化を打ち出し、停電による被害についても自治体の判断で被災者証明の発行を是とし、被災者を元気づけてほしいとしているのに、青森市があくまで市民に直接の被災者はいないと、自粛をうながしたことが、市民がみんなで祭りを楽しみ、すべての国民と一緒になって祭りを通じて復興のために元気を出していこうという絶好の機会を逸してしまったのだ。
カバは、青森市立長島小学校の卒業生である。長島小学校には1956年4月から1962年3月まで在籍した。長島小学校では、いつのころからか、毎年、夏休みのねぶた期間中に児童が体育館に集まり、放浪の貼り絵画家の山下清さんと長島小学校の大先輩であり、文化勲章受賞者の板画家棟方志功さんが、講師としていろんなことを話したり、版画や貼り絵の実技の指導をしてくれた。いつも、棟方志功さんは、ねぶた衣装に頭に鉢巻きをまき、土瓶の底のような眼鏡で唾をいっぱい飛ばして踊るようにねぶたと昔のあおもりの話をしてくれた。
カバは言いたい。市民が元気を出して、市民が元気になれることは、市民のためになることは何でも活用し、何でも利用することが一番大切なのではないかと。確かに、青森市のやっていることは正しいのかもしれない。しかし、同じ国民、同じ県民で、なぜに平内町の町民は高速道路が無料で、蓬田村・外ヶ浜町の住民も無料なのに、青森市民だけが有料なのか、それは不公平なのではないか、と言っているのだ。あおもり市民に自制を促す根拠は何なんだろうか。あおもり市民はそんな恩恵を受けなくてもいいほど豊かなのだろうか。平内町や外ヶ浜町は違法なことをやっているのか。答えはいずれも否である。これでは、青森市民に対して、元気を出して近隣町村をリードしてほしいと言われても、そんな気になるのだろうか、ということだけなのだ。そのことに蓋をして、法律的な問題を棚上げにするのではなく、そういう意見があることを明らかにし、公開で是非を議論する中で、「地方自治とは何か」、「市民意見を市政にどう反映させるべきか」といった内容の討論をすべきだと思うのだ。そのことが「自治基本条例」制定の前提条件ではないだろうか。
カバはあえて言う。万一、青森市が方針変更(ありえないと思うが)して、停電による被害を理由にした本人申請を認めたとしても、カバは交付申請はしない。カバは一年間、高速道路を利用しないことに決めたからだ。ただし、いまは青森市のやり方に賛同している(青森市民に被害はない、したがって被災親族の支援にとどめるべきだ)が、市が被災者証明の交付対象を市民本人までひろげるならば、被災証明を受け取って高速道路無料利用をしたいと意見変更しても、その人を責めたりはしない。
カバは棟方志功先輩のように、自分の思いを正直にぶつけられるのが「あおもり」のよいところだと思っている。市民が喧々諤々、どうすれば元気になれるか、気持ちよく祭りを楽しめるか、お盆を家族で過ごせるのか、そういったことを家族、地域、コミュニティで語り合い、互いに支え合う社会をつくるのでなければ、先の見えない市民生活に展望を見出すことは難しいと思う。あおもりを、あおもり市民を、そして、あおもり市を少しでも明るく、元気よく、楽しくできるのでないかと思っている。

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