過去 1 週間のページビュー

2011年7月28日木曜日

高速道路の無料化について

 カバは困っていた。実は、6月20日から土日の高速道路上限1000円がなくなったからだ。カバは愛車で週末にあちこち動物園のカバを観に出かけるつもりだったが、上限制限がなくなったために高速料の支払いが足を止めさせてしまったからだ。しかたがないから、カバ詣でを延期し、一般道でののんびり旅行に変更しようと考えて、とりあえず中国行きを先行させることにした。
 そんなとき、政府は週末の高速道路上限制の停止の見返りとしてか、大震災の被災者支援として被災者の居住する自治体が発行する任意の被災証明があれば、東北管内の高速道路のインターを発着する料金を無料とする政策を6月8日に打ち出し、6月20日から来年の6月19日まで実施すると発表したのだ。カバはこれで、ひょっとして停電による被害も今回の高速道路無料化の被災者証明発行がなされるのではないかと期待した。
 カバが居住する青森市にあっても、3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災によって、震度4の地震とともに、津波警報が出され、むつ湾内の海岸付近の一部の住民には避難指示が出されるとともに、地震直後から停電となり、翌日までそれが続いた。カバの家でも、停電でテレビ、電話、パソコン、電気釜と冷蔵庫はストップし、石油ストーブは消えるといった具合で、蝋燭と懐中電灯の灯かりだけで、余震が続くなか、まんじりともしない不安な一夜をすごし、翌12日の午後3時ころまで、まったくもって乾電池のラジオだけが頼りの原始的な生活をおくった。61年間の人生の中で、初めての経験だった。
 カバの一家は停電によって、多大な被害を蒙っていた。冷蔵庫の中の生物がだめになったことと、電機釜のスイッチが途中で切れ、ご飯が炊けなくなった。それだけでなく、11日の夜の会合、12日と13日の重要な会合がすべてキャンセルされた。それに、すでに切符等の発行を済ませていた23日のコンサートも中止を余儀なくされた。それだけではなかった。2個の懐中電灯の玉が切れ、NYにいる長男の友人がLAから運んでくれた誕生日祝いの香料入りの蝋燭も使い切ってしまった。もっと痛手だったのは、地震と停電によって、パソコンが壊れ、保存前の原稿が消失したのと、電気がついてから修理に一日半もかかったことだった。明らかに、カバは、大震災と停電によって、物品に多大な損害を受けたのは間違いがなかった。
 こんななか、市長が「市内に大震災の被害はなかった。停電を理由とする被災証明は発行しない」と6月29日の記者会見で発表した。それだけでなく、市独自として「二親等以内の親族で当市以外の被災地で被災した家族をもつ市民に対して被災者とみなして被災者証明書を発行して、その被災者である家族の支援のために高速道路を利用する場合に国の無料化制度をつかえるようにした」と発表したことが地元紙に報じられたのを目にしたカバは、目を疑った。
 カバの疑問を後押しするかのように、六月下旬に高校時代の友人で法学士のM君がカバの事務所を訪れた。M君の説だとこうだ。政府はこんどの大震災の被災地および被災者支援を行っている。その一環として国土交通省が6月8日、6月20日から被災者支援制度として、週末の高速道路使用料の上限制度の打ち切りの代わりに、向こう1年間、東北管内の高速道路を発着する被災者の高速道路料金を無料とする制度を通知した。無料化の対象は、被災者の居住する自治体が発行する被災者証明を有する者で、料金所で被災証明書と本人確認できる運転免許証を提示するだけで無料で通行できる制度だという。しかも、被災住民に対する発行事務はすべて当該自治体に任せられているというのだ。停電による証明書の発行もダメだとしていない。地震と津波の被害も大きく、一律に住民すべてに被災者証明を発行する八戸市、三沢市、おいらせ町のほかに、停電の事実だけで住民に被災者証明を発行する自治体もでてきている。今回の青森市のやり方は、本来、地震や停電によって、物品その他に損害を蒙った住民がいるかもしれないのに、市民には被災者はいないと決めつけ、国の被災者本人支援の制度を援用して、市民の中で、市民でない他の自治体にすむ家族(二親等以内)が被災(死亡・行方不明、家屋の全壊・半壊)している場合には、被災者でない市民を被災者とみなして、被災証明書を発行して、高速道路無料化の恩恵を受けさせるという誤った法的解釈をした。
 カバはM君の解説を聞いて、なるほどと思った。これは大変なことになる。青森市は実際、大震災と停電によって実際に被災している市民を見棄てて、別の自治体にすんでいた家族が被災した場合には、被害がないにもかかわらず被災者とみなして被災者本人かのような被災者証明を出すというのだ。実際、M君は青森市の災害対策条例にともづいて、高速道路無料化の適用を受けるべく、被災証明の発行を願い出たが、青森市は当市以外に居住する被災家族をもつ市民でないと対象としないとして門前払いを食わされたと憤慨しているのだ。
 市民の利益になるような行政をできるだけ費用をかけないで、つまり国の今回の無料化措置の全面適用を受け、実施するのになぜ青森市は豊かな見識とモラルを強調して、カッコだけ付けるのだろうか。どうして、大震災と停電によって、実際に被害を蒙ったと主張する市民の声に耳を傾けようとしないのだろうか。被災者証明を発行したとしても、高速道路無料化はすべて国費である。しかも、難しい証明事務もいっさいかからない。市民カードと運転免許証の本人確認だけで、簡単なA5かB6のざら紙1枚に印刷するだけで済むことなのにである。しかも、一律に発行するのではなく、本人が印鑑持参して、証明書発行の申請書に自著サインすればすむのである。二親等以内だとか、半壊か一部壊なのかの当該被災地自治体からの証明書添付とその確認事務も必要がないのだ。M君はこんなだれがみてもわかることをやろうとしない青森市の行政能力を疑うとまでまくしたてた。
 問題はもっと大きなところまで波及しそうである。青森市は全国の自治体に先駆けて、自らの市民が実際に被災していなくても、二親等以内の親族が宮城県や岩手県そして福島県などの(青森県の八戸市や三沢市も含まれる)自治体で被災していれば、被災者とみなして被災者証明書を発行して、高速道路の無料の適用を受けさせることを決めたのだ。こんなことが許されるなら、日本全国の被災していない自治体が青森市の制度を真似て、やったらどうなるのだろうか。おそらく賢く、これを使いたいとして、当該自治体に証明書の発行を願い出てたどうなるのだろうか。たとえば、鹿児島県の県都鹿児島市において、そこに市民が二親等以内の親族で津波によって行方不明だと申し出て証明書の発行を青森市に準じてしてほしいと願い出た場合、鹿児島市はそれを却下できるのだろうか。もし、鹿児島市が青森市の例を参考に発行すれば、この市民は被災者の捜索に九州から被害地直近の高速道路までの料金が往復ですべて無料となるのである。
 実際に被害がなくても、親族に被災者がいれば、被災者とみなすという自治体の判断がまかり通るとするなら、どこの自治体でも、それが自治体の持ち出しなしでできるのだから、拒む理由はないからだ。このように、青森市は被害の大小ではなく、実際に被害があった市民を助けることなく、被害のまったくなかった全国の自治体の住民に、この高速道路無料化という国の制度の悪用に導く(被災者の対象の認定は自治体の判断であるから)施策を全国に先駆けてやったことになる。
 M君はこの施策を天下の悪政とし、まず被災したとして申請した被災者本人の認定とすべきと訴え、それを市への要望書としてまとめ、市民運動としたいと語っているのである。
 青森市はねぶた祭が始まろうとしており、あちこちでねぶた囃が聞こえている。そんななか、ねぶたの桟敷券が売れないという。当たり前だ。隣の平内町や外ヶ浜町は運転免許を持つ全住民が被災証明の発行を受け、高速道路を自由に青森市内の料金所を発着地として無料で走行できるからだ。現に、平内町の親戚は五所川原の立ちねぶた、秋田の竿灯、仙台のたなばた、を観に行くけれど、青森のねぶたは観に来ないというのだ。青森市民だってそうだ。近県に住む親類や知友人を迎えに行って、帰りに送っていくことさえできたのに、それが完全有料化とあってはとてもそんな気にはなれないからだ。
 そんなことを考えていると、M君の怒りがカバにものり移ってくる。

0 件のコメント: