今日は1月8日、水曜日です。青森の大雪は収まらず、生活道路の除排雪はままならず、とても移動は難しい状態です。昨日、生協の購入票を届けに風晴弘宅に向かう途中、雪道にぬかり、にっちもさっちもいかなくなり、結局、雨雪が吹きつけるなか、3時間の格闘で疲れ切ったのでした。そのため、アウガでの執筆作業を切りあげ、家で日課をやりました。5時から始め、夕食休憩を挿み、23課すべて終わったのは、午前3時でした。3時半に床に入り、起きたのは8時半でした。朝食をパスして、年賀状の作成にとりかかりました。出さないつもりでしたが、届いた75通に返礼の年賀状は出さなくてはと、6日に購入し、7日の朝に一部作って置いたものを修正し、9時から10時までに文章を書き上げ、1枚ずつ印刷しました。昼食をはさんで、75部の年賀状の宛名をモンブランで自筆し、終わったのは2時でした。西滝郵便局に投函し、アウガが休館日なので、魯迅選集の返却再貸出しは延期し、まっすぐ成田本店に向かうことにしました。アウガが休館日なので、みちのく銀行に駐車し、銀行に寄って、合併によって新しい通帳に変えてもらい、新通帳に1,000円入金して、成田本店に向かいました。408号(北狄70周年記念号)は生憎2部しか売れてなく、800円請求して、13部が返本となりました。それもそのはず、10月19日の記念式典で50部も買ってもらったのですから。成田本店の帰りに青柳事務所により、新報を持ってきました。吉田州花さんへの「おかじょうき1月号」の配本は明日に延ばしました。浪館通りから住宅街に入るとどこもぬかるみであちこちでぬかっていました。本当は降りて手伝いたいのですが、こっちも立ち往生しそうで、とにかくバックで抜け道に出て道を塞がないようにしました。昨日の反省と同じ轍を踏まないためです。そんなわけで3時半に帰宅すると、妻が三内時代に近所づきあいの人の主人が亡くなったその通夜にいくというので、送っていきました。久須志の典礼会館で弔問を終えるの待ち、その後ついでに夕食の野菜を買いにハッピイドラッグまで付き合わされて、最終的に家に入ったのは4時50分でした。そとはだいぶ暗くなってきました。浪館通りまで安全に往復できるコースは1カ所でした。通勤だけでなく、まもなく学校が始まるというのに、これでは困ったものです。お金がなくて4Wの車を持てない人はどうすればいいのでしょうか。青森市全域に危機が迫っています。そんな感じがします。
5時から今日の日課です。年賀状を出し終え、北狄の配本(409号)と返本請求書も済ませ、しかも通帳まで新しくでき、新報まで持ってくることができ、満足です。あとは、今日の日課をつつがなく終えることです。
今日の論語は、「微子はこれを去り、箕子はこれが奴と為り、比干は諫めて死す。(論語巻第九微子第十八篇第一章第一節)」です。
微子去之,箕子爲之奴,比干諫而死,
(殷王朝の末に紂王が乱暴であったので、)微子は逃げ去り、箕子は(狂人のまねをして)奴隷となり、比干は諫めて殺された。

0 件のコメント:
コメントを投稿