今日は1月3日、午前8時に箱根駅伝の復路がスタートしました。東洋大学がこのまま総合優勝するのでしょうか。5分余の差がついた青山学院大学が復路逆転できるのかドラマがありそうです。それにつけても早稲田大学の不振ぶりにはびっくりしました。法政大学の昨日5区での活躍にも目を瞠りました。
今日は8時前に起き、仕事で先に帰る次男の嫁を送って空港へ行き、箱根駅伝を観て、午後4時の便で戻る次男と孫を送って二度目の空港行きとなります。
この6日間、年末年始、ゆったりした気分で、おいしいものをたくさん食べ、三男一家と次男一家と和やかに過ごすことができました。
しんしんと雪が降っています。厳しい冬の到来が、あすからの仕事を予感させています。7月で古稀を迎えるので、少し仕事を整理をしていきたいと思います。
私は500人が同期生の中学で、入学のときと卒業の時に1番だったこともあり、高校の1年までは東大へいきたいと思っていた。しかし、受験のときには、とても東大へは受験するだけでもできる成績ではなかった。それで駄目もとで受けた東北大学は当然落ち、一緒に受験した東北大不合格組と一緒に仙台の予備校へ行こうと考えたが、母親の反対と、一浪しても東大はおろか、東北大学にすら合格できる自信がなかった。それで、二期校の秋田大学鉱山学部に受けてみたら、どうにか受かった。大学へ行ってみて、すぐに浪人してでも東大を受けておけばよかったと後悔した。しかし、翌年、東大の受験は大学紛争のあおりでなかった。一浪した友人たちは皆、東大以外の志望校に合格した。わたしは4年後、東北大学の大学院の試験に受かった。同期で工学部に合格した4人のうち、大学院へ進んだ者はいなかった。ところが、入学してみると同期の修士生はほとんど現役で東北大学に合格しており、受験の時、私より皆成績がよかったことがわかり、劣等感に悩んだ時もあった。
私の4人の子は全員、東京の大学へ進んだが、なぜか皆、私大だった。長男と三男は現役だったが、長女と次男は一浪した。4人のうち、浪人した次男だけが東大を前期と後期受けてくれた。結局、不合格だったけれど本郷の赤門をくぐり、合格発表を見に行けたことだけで満足だった。
これからは、6人の孫のうち、1人くらいは東大に受かってくれたらと思うと、期待と希望で胸が膨らむ。結果はどうあれ、あと15年、85歳まで生きながらえたいものだ。
今日の論語は、論語子路篇第20章の「斗筲之人、何足算也、」です。
斗筲之人、何足算也
斗筲之人,何足算也,
Dǒu shāo zhī rén, hé zú suàn yě。
斗筲の人、何ぞ算うるに足らん。
「升で量るような小物ばかりで、とても問題にならないな」です。

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