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2017年10月4日水曜日

10月1日、陳恒、其の君を弑す

 今日は10月1日、日曜日です。朝、長男と鶴亀温泉へ行き、事務所で仕事をして、夕方に戻り、三男一家も来て、川よしで鰻を食べました。

 今日の論語一日一章は、論語巻第七憲問第十四篇第22章です。
 陳成子弑簡公、孔子沐浴而朝、告於哀公曰、陳恆弑其君、請討之、公曰、告夫三子、孔子曰、以吾従大夫之後、不敢不告也、君曰、告夫三子者、之三子告、不可、孔子曰、以吾従大夫之後、不敢不告也、
 陈成子弑简公、孔子沐浴而朝、告于哀公曰、陈恒弑其君、请讨之、公曰、告夫三子、孔子曰、以吾従大夫之后、不敢不告也、君曰、告夫三子者、之三子告、不可、孔子曰、以吾従大夫之后、不敢不告也、
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 陳成子、簡公を弑す。孔子、沐浴して朝し、哀公に告げて曰わく、陳恒、其の君を弑す。請う、これを討たん。公の曰わく、夫の三子に告げよ。孔子の曰わく、吾れ大夫の後に従えるを以て、敢えて告げずんばあらざるなり。君の曰わく、夫の三子者に告げよと。三子に之きて告ぐ。可かず。孔子の曰わく、吾れ大夫の後に従えるを以て、敢えて告げずんばあらざるなり。
 斉の国の陳成子がその主君の簡公を殺したとき、孔子は髪を洗い体を清めて魯の朝廷に出仕されると、哀公に申しあげた、「陳恒がその主君を殺しました。どうかお討ちとりください。」しかし公は、「あの三人に言いなさい。」といわれた。孔子は退出すると
「わたしも大夫の末席についている以上は、申しあげずにはおれなかったのだ。だが、殿さまは『あの三人のものにいえ。』と仰せられた。」といわれ、さて三人のところへ行って話された話されたが、きかなかった。。孔子はいわれた、「わたしも大夫の末席についている以上は、話さずにはおれなかったのだ。」と。

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