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2016年10月15日土曜日

10月15日、これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らずと為せ、是れ知るなり

 今日は10月15日、土曜日です。朝七時半に青柳の社文へ行って、大間地主の会のチラシ配布行動隊の出発式に立ち会いました。9時半に棟方氏と千葉氏が迎えに来て、奈良岡慶三さんの娘さんの結婚式に行きました。途中、弘前の根深誠さん宅に棟方さんの用事で寄って、それから柏の式場に向かいました。最勝院では、古文書の閲覧開示しているということでしたが、時間がなく柏へまっすぐ向かったのでした。
 式場に、加藤昌彦、鎌田博さんら浪岡の人たちがたくさんいました。青森から、一戸県会議員、橋本市会議員、それに中田市会議員もいました。三人と少し、話をしました。

 浪岡の前区長の工藤さんから「不惑年・浪岡」という小冊子が送られてきました。6月28日から退任する7月7日までの経緯が記されています。
 工藤さんは7月7日、市長に論語の論語巻第八衛霊公第十五篇2章の「君子固より窮す、小人窮すれば斯に濫る」を引き合いにだし、初めて諌めたが容れられずに辞した心境が語られています。論語の君子論をひもとくあたり工藤氏は大した識者です。感心しました。 

 今日は武藤君の命日です。城ヶ倉へは行けませんでしたが、心の中で手をあわせました。あれから12年が経ってしまいました。2004年2月4日におふくろが亡くなり、4月に三男が大学に受かって上京し、下落合の哲学堂前のアパートで大学院に進んだ次男と同居し始めたのでした。次男はその前の4年間は、娘と一緒でした。2DKのアパートの家賃は13万円弱でした。6年間で900万円以上も家賃を払ったことになります。その頃、東京の大学を卒業後、フレズノの大学に留学し、公認会計士の資格を取得した長男は、ロサンゼルスで働いていました。私も、7年半前に職場を辞め、1年2カ月ほど市役所に勤め、中国に渡り、5カ月近く長春で過ごしました。早いものです。この12年間で4人の子がそれぞれ結婚し、それぞれが子をもうけました。

 今日の論語一日一章は、論語巻第一為政第二篇17章です。
 子曰,由,诲女知之乎,知之为和之,不知为不知,是知也,
 Zǐ yuē, yóu, huì nǚ zhīzhī hū, zhīzhī wèi hé zhī, bùzhī wéi bùzhī, shì zhīyě,
 子曰わく、由よ、汝にこれを知ることを誨えんか。これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らずと為せ。是れ知るなり。
 孔子がいわれた、「由よ、お前に知るということを教えようか。知ったことは知ったこととし、知らないことは知らないこととする、それが知るということだ。」と。

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