今日は3月20日、日曜日です。やることがたくさんあって、何から手をつけたらいいのかわからないくらいです。それでも落ち着いてできることから少しずつやっていきます。
それでも、なんとか日課の遅れをすこし取り戻すことからはじめました。魯迅箴言365日も、あと百日あまりとなりました。夏前には終わりそうです。論語一日一章も、どうにか巻第九陽貨十七篇まですすみ、残りは微子十八篇、巻第十の子張十九篇、堯曰二十篇となりました。これもねぶた前には終わりそうです。子規歳時はすでに2年目に入っています。魯迅と論語が終わったら次何にするかじっくり考えてみることにします。
午後1時過ぎの約束から、1時間遅れて、画家で創元会県支部長の小林麗先生のインタヴューに文化会館に出かけました。池田夫妻の突然の訪問を受け、風呂へ入り、髯を剃っているあいだに時間に遅れてしまい、迷惑をかけてしまいました。青森高校の後輩ということで許してもらいました。女性の自立を考え、東京の日大工学部の工業化学科卒の小林さんは、故郷に戻り、理科・化学の教師として、30数年間教鞭をとり、弟さんがギャラリーを始めたのが縁で油絵を始めたということでした。40歳の半ばでの絵の恩師との出会いと同じころにギャラリーを訪れた創元会の画家たちとの出会いが、こんにちまで40年の画業の始まりだったと話していただいた。教職を退いてからは画業一筋で、年に一回はヨーロッパへ出かけ、フェレンツェやヴェニスなどの村を訪ね、そこの教会や古い建物をスケッチしてそれを作品に描いているといいます。歴史と人間の営みを象徴するような壁に魅力を感じるとはるか海の向こうを見つめるように語っていただきました。
明日の夕方に女房が東京から帰ってきます。二週間はあっという間でした。それでも、一人でいるのは寂しいものです。うっとうしいという思いは消えました。やはり人間はひとりでは生きられません。女房のありがたみを実感したものでした。
宰木陽二さんの通夜に行きました。通夜の客は、みな藤川直迪さんを弔うために来ていて、文学者の北狄同人のありし日を偲ぶために来ていたのはほんの数人でした。宰木さんは、本当は、高校教師を続けながら、小説を書いていたかったはずだと思うのは、カバひとりだけなのかもしれませんでした。弔辞を読む知事の涙声も、なぜか芝居がかったパフォーマンスとしか聞こえなかったのは、市井の凡人の僻みなのかもしれません。
去年の晩夏、高畑さんの別荘で行われた北狄の合評会で少しだけほめていただいたことがいまとなっては忘れられい思い出になりました。もっともっと話を聞きたかったと思います。
(しちょう、じんをこうしにとう、こうしのたまわく、よくいつつのものをてんかにおこなうをじんとなす)「子張が仁のことをこうしにおたずねした。孔子はいわれた、五つのことを世界じゅうに行うことができたら仁といえるね。(恭寛信敏恵)」
2016年3月20日日曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)

0 件のコメント:
コメントを投稿