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2015年12月8日火曜日

12月8日、北風に鍋焼饂飩呼びかけたり

 12月8日は、二度と戦争をしないと誓う日です。今日は、昼に青い森公園で夜にも集会があります。穏やかな冬の天気です。荒れないでほしいと思っています。
 日課をやっているうちに、天気が良くなってきましたから、これから事務所へ行くことにします。
   今日の昼に青い森公園で行われた「12・8太平洋戦争開戦の日 青森集会」は、平日の昼休み集会にもかかわらず150人が参加しました。共催団体を代表して、金澤茂青森県九条の会共同代表は「今日12月8日は、太平洋戦争開戦の日であり、13団体が力を合わせて、歴史の逆行を何として阻止しよう」と力強く挨拶し、集会宣言を確認し、新町をデモ行進しました。
 工藤さんから、大河ドラマ「花燃ゆ」の最終回に登場する鹿鳴館の名の由来を訊かれました。調べてみると、中国の『詩経』のなかの「小雅」にある「鹿鳴の詩」に由来し、来客をもてなすことを表すとありました。
 工藤さんからは、以前、日本が保有する47トンのプルトニウムは体積にすればどれくらいの大きさなのかと問われたこともあります。プルトニウムの比重は約20(19.8)なので、約2.4立方メートル47÷20=2.35㎥、長崎型原爆6千発分に相当すると答えました。

 「鹿鳴館落成の1883年(明治16年)より1887年(明治20年)までの時期がいわゆる鹿鳴館時代である。1883年11月28日、1200名を招待して落成の祝宴が行われた。「鹿鳴」は『詩経』小雅にある「鹿鳴の詩」に由来し、来客をもてなすことを表す語で中井櫻洲が名付けた。祝宴当日は井上馨の誕生日だった。以後鹿鳴館では国賓の接待や舞踏会ばかりでなく、天長節(11月3日明治天皇誕生日)の祝賀会行事をはじめ数々の国内行事も行われるようになり、皇族や上流婦人の慈善バザーも重要な催しであった」

 「プルトニウム239、プルトニウム241その他いくつかの同位体が存在している。半減期はプルトニウム239の場合約2万4000年(α崩壊による)。比重は19.8で、金属プルトニウムは、ニッケルに似た銀白色の光沢を持つ大変重い金属である(結晶構造は単斜晶)」

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