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2015年10月27日火曜日

10月27日、柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

 10月27日、火曜日、午後1時から川柳教室の日です。それ以外の日程は入っていません。じっくり腰を据えて、いろんなことに手をつけてみたいと思います。11月は小説を二つ書かなければなりません。

『プルトニウム』

1-1 核時代の黄金?

黄金を求める欲望が、南北アメリカ大陸を侵略した征服者たちを駆り立てた。プルトニウム[1]は、武器によって世界を支配しようと望む者と、プルトニウムが無尽蔵のエネルギー源を提供すると信じる者とに、同じような救世主的イメージを抱かせた。
プルトニウムは、黄金のように、世界中で権力と富の通貨となるはずだった。そして、黄金のように、世界各地で環境を破壊し、人々の命を脅かしている[2]
黄金と異なり、プルトニウムは自然界にはごくわずかな量しか存在しない。世界にあるプルトニウムは、実質的にすべて、20世紀に人間が作ったものである[3]
 プルトニウムなどの核兵器材料物質を蓄積することは、第二次世界大戦以後の数十年間、米ソ両国における政策の主要目的の一つとなった。核戦争における勝利の定義でさえ、戦争後の国民の状態によってではなく、どちらの側にプルトニウムや核兵器が多く残るかによって論じられてきた。ある専門家は次のように述べている。

   A国の戦略的安定性は、自国も敵国も先制攻撃をかける動機を奪われてしまっているという事実に基づいている。おおまかにいって敵のミサイル・サイロを一つ破壊するのに二つの核弾頭が必要なため、攻撃をかけた側は敵のミサイルを1基破壊するのに自分のミサイルを二基使わなければならない。つまり、先制攻撃は、攻撃をしかけた側を武装解除することになる。結局、侵略者は被侵略者より悪い状態に陥るのである[4]

 プルトニウムは、民生部門でも解放をもたらすはずだった。しかし、ここでもまた一定の代価が必要となる。アイゼン・ワインバーグ――最初の大規模なプルトニウム生産プラントの化学プロセスを開発したオークリッジ国立研究所の元所長――は、1972年に次のように語った。「私たち核関係の人間は、社会とファウスト的取引をしたのです。私たちは一方で、プルトニウム増殖炉というかたちで、ほとんど無尽蔵のエネルギー源を提供します……。しかし、この魔法のエネルギー源と引き換えに私たちが社会に要求する代価は、絶え間のない警戒態勢を敷くこと、そして現在の社会制度を未来永劫にわたって維持することです。そのようなことは、私たちによっていまだかつて経験したことのないものなのです。」




[1] 本書でプルトニウムといった場合は、特に明記していない限り、核兵器の製造に使われる核分裂性同位体(アイソトープ)、プルトニウム239を意味する。プルトニウムの他の同位体を意味する時は、例えばプルトニウム240と、その原子量を添えて示す。
[2] 世界各地における核実験の歴史の中で、部族的生活者や被植民地民族の土地が果たしてきた役割については、たとえばIPPNW and IETER 1991参照。
[3] “天然の”原子炉が少なくとも1つは存在したらしいことが知られているという事実を指摘しておく必要があるだろう。約20億年ほど前に、現在の西アフリカのガボン共和国にあるこの地下の“天然の”原子炉で一定量のプルトニウム(ずっと前に崩壊している)が生み出されたと考えられている。このような現象が可能になったのは、ウラン鉱石の純度が高かったことと、当時は天然ウラン中に占める核分裂性のウラン235の率が現在の0.7%よりずっと高かったということによる(Eisenbud 1987,p.171)。現在でも微量のプルトニウムがウラン鉱石の中に検出される。
[4] Charles Krauthammer .Cohn 1987,p.22に引用。

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