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2015年10月13日火曜日

10月13日、故郷や祭も過ぎて柿の味

 羽田から朝一番の飛行機で帰ってきて、そのまま浪岡事務所へ行って、稲わらふりーでんの改訂用のマップの修正箇所の下書きを受領してきました。一旦、家に帰って新町の事務所へ行こうとしましたが、あいにく雨が激しく降ってきました。
 家で午前中、日課をやって、それから川柳教室へ向かうことにしました。川柳教室は雨模様のなか13人が参加しました。カバの2句はひとつも点数が入りませんでした。才能がないのです。でも、今年は皆勤賞目指して、頑張ることにします。おかじょうきの10月号が届きました。9月の句会で3点でしたので順位は下がっています。20位以内を目指したいのですが、無理なようです。むさし先生の叱責も空しく、一向に腕があがりません。真面目にやっているのですが。北狄の合評会も15日にあり、ここでも酷評が予想されるため、少しく意気があがりません。寒さのせいかもしれませんが。倉谷同人の送迎の役目を担うことになり、合評会で飲めないのも気が滅入る一因なのかもしれません。川柳はダメですが、小説だけはいいものを書きたいのですが、うまくいきません。

 ところで、子規歳時と魯迅箴言365日、それに論語一日一章をブログに書くという日課は今年の自らに課したものですが、12日の原子力資料情報室40周年レセプションで40年ぶりに科学の道を追求しようと気持ちになりました。40年前に大学の研究室を中退し、科学者の道を諦めたのでしたが、高木仁三郎さんのように市民科学者になって、原子力によらない社会の創造のための科学を追求してみたいと思ったのでした。で何から始めるのか、ですが、高木仁三郎さんが日本語解説文を書いた「プルトニウム」という本をもとに勉強を始める。核戦争防止国際医師会議+エネルギー・環境研究所が著者であり、訳者は田窪雅文(米国カリフォルニア州立大学フレズノ校経済学部卒業)である。

   「プルトニウム 核時代の危険物質をいかに扱うべきか」

  日本語版への序文
                        バーナード・ラウン

 本書『プルトニウム』が日本で出版されるというのは非常に意義が深い。プルトニウムが世界の人々の健康や安全保障にとっていかに危険な物質であるかについて、日本の市民や政策決定者が知識を深める機会をもてるようになるのは大事なことだから。

「インフォームド・コンセプト」(詳しい情報に基づく同意)という原則は、医療においてきわめて重要なもの。それは特定の治療方法に同意する前に、患者はその療法のもつ危険について医師から完全な説明を受ける権利をもつという原則だ。プルトニウムの国際的な取引や使用という問題では、世界中の人々は同じような意味で、大きな危険を孕んだ道に乗り出す前に、すべての事実、すべての危険について知る権利をもっている。本書は、プルトニウムのもつ危険に関する私たちの知識や理解を深めるうえで重要な役割を果たすものだ。議論の質を高め、適切な政策決定を行う際の一助となることが本書のねらい。

「プルトニウム」という言葉はローマ神話のプルートーンに由来する。プルートーンは死の神で、冥界の支配者だった。「プルトニウム」というのは、きわめて毒性の高いこの物質にとって、まさにふさわしい名前だ。

 プルトニウムをわずか100万分の27グラム吸い込んだだけで肺ガンになる。(百万分の1=PPM100万分の1g=PPMg)

 プルトニウムは、空気に曝されると自然発火を起こし、微粒子となって拡散する。


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