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2014年4月20日日曜日

2011年12月31日の日記から

  2010年12月30日夜、私は中国長春から我が家に帰りついた。それから50日後に3・11東日本大震災が起こり、福島第1原発事故につながった。帰国後、1年後の日記を紹介する。

20111231日;今日で2011年は終り

 私は去年の1230日夜11時過ぎ、這う這うの体で家に辿り着いた。三男が歩いて新青森駅まで迎えに来てくれた。長春より青森の方が雪は多かった。初めて新幹線に乗って、仙台から2時間15分で着いた。仙台空港から仙台駅までの間、空港線に乗った。新幹線に乗り換えの途中、バッグの破けた。教え子から入りきらないくらい餞別の品をもらい、それを目いっぱい詰めたせいだった。
 新青森駅に降り、改札口をぬけて三男の姿を目にしたときホッとした。長春に行くときも仙台まで荷物を持って送ってくれた三男は、4カ月と1週間ぶりに見る三男は就職も決まり元気そうだった。タクシーで家に帰った私は、疲れきっていたので、すぐに眠った。
 朝起きると青森は長春から比べてとても暖かだった。やはり、-2と-26の違いだった。助かったと思った。長春で倒れても私には健康保険がきかなかった。
 あれから一年がたった。何もできなかったし、何もしなかったが、幸せに過ごすことができた。だけど、金だけは使った。収入がないから、退職金を100万円取り崩した。
 来年はもっと、もっと辛抱しなくてはならない。その覚悟だけはできた。
 去年もそうだったが、今年も紅白歌合戦は観るつもりはない。歌だって聴きたくはない。でも、歌謡曲は厭だが、DVDで映画『オーケストラ』を午前中に観て涙した。チャイコフスキーのバイオリン協奏曲を聴いて涙が止まらなかった。
 年の瀬の昼下がり、クラシック音楽に、歴史を感じた。
 歌謡の歴史はいつにはじまったのだろうか。
「歴史がその黎明をむかえるころ、かがやかしい古代歌謡の時代があった。歴史はその歌ごえとともにはじまる。『リグ・ヴェーダ』の聖歌、ホメロスの詩、『聖書』の詩篇などがそれである。いずれも、それぞれの民族がやがて展開するその歴史と運命への序曲をなすものであった。
 インドの『リグ・ヴェーダ』は前十二世紀前後のものとされている。それより少しおくれえて、中国では『詩経』の時代がはじまった。おそらく前十世紀ごとのことであろう。絶対年代ははるかに下るが、我が国の『万葉集』も古代歌謡に相似た性格をもつ歌集であった。民族の歴史がはじまろうとするその時期に、どうしてこのような古代歌謡の時代が、忽然としてあらわれてくるのであろうか。それはひとつの大きな謎のように思われる。
 『詩経』と『万葉集』とは民謡から展開した歌謡である。その点では、特定のえらばれた司祭者や預言者、あるいは語部的なホメリダイの手になる他の古代歌謡と異なる成立をもつものといえよう。それはひろい発生地盤をもつ、民衆の生活の中から生まれた。そして、『万葉』では、やがて創作詩の段階まで進み、『詩経』は創作詩への過程でその発展を中止した。『万葉』の後にもまた、ながい国風暗黒の時代がつづいている。古代歌謡は歴史のある時期に忽然としてあらわれ、その様式を完成するとともに、民族の古典となった。そしてふたたびそのようにかがやかしい詩歌の時代はあらわれることはなかった。古代歌謡のの世界はまことに歴史的なものであった。その成立と展開は、おそらく重要な社会史的な事実の反映として理解すべきものであろう。」(白川静『詩経』より)
 古代歌謡のもつ歴史的な意味とは、何であろうか。白川静は「民謡の成立は民衆の成立を前提とする」といい、「古代の氏族社会はいたって閉鎖性の強い社会」であり、「そこには民衆はまだ存在しなかった」と説く。氏族社会の次に生まれた古代王朝は氏族を統一したものの氏族性の殻まで打ち破るところまではいかなかった。こうした中で原始の歌謡が生まれたが、氏族社会内部の祭祀や儀礼に関するものであった。
 古代王朝はやがて連合と集権化の傾向を強め、群小の古代の氏族はしだいに解体され、領主のもとで直属の民衆となり、公民となった。氏族社会から解放されるとともに民衆となって自由となった旧氏族は、同時に強力な領主に従属するようになった。こうして、民衆は自由の喜びを獲得するとともに、新しい時代への怖れをいだくことになり、そのよろこびとおそれのなかに、古代歌謡を生むことになった。
 こうして古代歌謡の世界が成立したが、その時代は中国では「西周の後期にはじまり」、日本では「『万葉集』の初期の時代」がそれにあたる。
 このように古代的氏族社会が崩壊し、神々の呪縛から解放され、民衆ははじめて自由をえた。民衆の勘定は解放され、愛とかなしみ身をふるわせてできたのが、古代歌謡である。
 いまの日本には、愛とかなしみに身をふるわせるような歌はあるのだろうか。そんな詩歌のような文章を書けるのだろう。
 新しい年を迎えるにあたって、これからの時代を考えるとき、暗澹たる気持ちになる。   そんなとき、寺山修司の短歌を思い出す。

「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」
寺山修司の祖国を、故郷に読みかえてみた。見捨つるほどの祖国、身捨つるほどの故郷なんて、あるのだろうか。命がけで守らなければならないものは、故郷か、家族か、はたまた人民か、考えなければならない。

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