今日は、校正の仕事がないので、一日中、家にいることにした。ただ、北狄364号を友人に送るために郵便ポストのあるファミリーマートへ自転車で出かけ、ついでに銀行のキャッシュコーナーでお金をおろし、浪館通りにある100金によって、北狄発送用に角5の封筒とそれをとじるビニルテープも買って戻ってきるまでの所要時間は20分足らず。2日が定期健診のため、体重増加が気になり、昨日から朝と昼食は少々の量にとどめている。
カバの三男が結婚することになって、家を出て行った。10日に引越して、17日に入籍したという。相手は同期入職の女性で、2つ年上の姉さん女房だが、年齢を感じさせないかわいい女性でカバは安心した。入籍が9月で、新婚旅行は10月だそうだ。そして、二人の仕事が都合で、11月下旬に結婚披露宴はやらないが、教会ではなく善知鳥神社での結婚式をあげ、そのあと近くの宴会場でごく近親者だけを招いて顔合わせのパーティーをやるのだそうだ。
全部、三男と嫁さんが計画して、準備するという。28歳になるまで、何事につけ面倒くさがり屋の三男の変貌ぶりに驚いているのは、カバばかりではない。本人自身が、いらついてあらぶる心根がいつしかおだやかな気持ちに変わったのを驚いているはずだ。このままではすまないとは思うが生涯独身なのではないかと心配していたのを思うと、ひと安心している。そんな具合で、いちばん手を焼いた三男だったが、いまのところは意外な結果となった。
そもそも、三男くらい気まぐれな子もなかった。最初は競馬騎手になろうとし、次がピアニスト、そのあとロックシンガーになると宣言したかと思うと、感情を抑えきれず暴力的になることも多く、法律を破らなければいいがと心配していたのに、こともあろうにその反対の弁護士になりたいと言い出し、弁護士が無理だとわかると、今度は司法書士だと、ころころ志望が変わり、そのたびに親は手を焼いた。
三男はどうにか大学は4年で卒えたものの、定職につくことはなく、臨職の経験もないまま公務員試験を受けたのは3年前、すでに25歳になっていた。カバより20年も早く髪がなくなり、僧職でもないのにスキンヘッドにしていた。性格的にも、外面上からももっとも公務員に向かないはずであった。それでも、運よく試験に受かったものの、カバは秘かに、三男のことだから官僚とはいえない小役人組織になじめるはずもなく、上司や同僚先輩ともうまくやれるはずはないと、四月に入職しても数ヶ月で出勤拒否になるのじゃないかと、心底心配したのだった。
三男は四人兄姉の末っ子で、自我が強く、生まれつき疳の虫がひどいことからか、人と折り合いがうまくとれない子供だった。中学2年で身長が170センチを超え、体重も50キロをオーバーしたためジョッキーは諦めなければならないと悟った時の落胆ぶりは見るのもかわいそうなくらいだった。競馬学校しか頭になかった三男が高校に入るのも、そこを卒業するのも容易なことではなかった。結局、三男は中学浪人し、翌年の受験までの1年間は家に引きこもった。
そんなわけで、東京から唯一、家に戻ってきた三男も、5年半後に家を出て行った。しかし、他の子にくらべ、市内にいてくれるだけでも大いに親孝行である。いなくなってみると妙にさみしいものだ。浪館に家を建てて、三内から引越してきて、32年が経った。7人家族がいまや老妻と二人だけになった。
家の二階は和洋あわせて6部屋ある。三男がふた部屋つかっていた。三男はいつでも戻ってこられるようにふた部屋はそのままだ。カバは三男のいない二階の三部屋をわがもの顔で使わせてもらっている。

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