最近、歴史認識の問題を考えている。満州事変から日中戦争、そして太平洋戦争に突き進む日本が敗戦に至った経過の中で、戦後処理と戦争責任の問題だ。もちろん日本国憲法の中での天皇制の位置づけの問題とも絡む。ドイツをはじめ欧州諸国では、いまでも旧ナチの残党に対して追及の手を緩めていないのに対し、日本は戦争犯罪者の追及どころか、あのA級戦犯として処刑・刑死した人たちを他の多くの戦争犠牲者たちと一緒に靖国神社で合祀している。
先の戦争を教訓として、なぜ満州事変を引き起こし、アメリカとの開戦に踏み切ったのかという歴史認識のうえにたって、二度と戦争を起こさないという思想を共有できるかどうかが、対中国・対韓国のみならず、対アメリカ、ひいては欧州ならびに世界各国から戦後の日本が本当に而立したと理解される道なのではないだろうか。
昨日は10時5分に事務所に到着。直ちに窓をあけ、空気の入れ替え。棟方さんの来所を待ちつつサイフォンでいつもより多めに珈琲を淹れる。メールをチェックし、QQで中国の友人とチャットしているあいだに忘れ物のジャンバーをとりに棟方さんが来訪。ふれあい教室の報告をアウガで会議している川村さんに届けるために、棟方さんに留守番をたのみ、自転車にまたがる。
11日の教室の出席者名簿を手渡し、口頭で報告と引き継ぎをして、アウガの裏口からいろは通りを事務所まで戻る。棟方さんは遙の最終号を読みながら、待っていてくれた。珈琲を飲みながら12時20分まで、青森市の文化遺産、太宰・寺山・志功・関野・末華・小牧野遺跡などについて話す。最後に来年10月に向けた戦略・戦術について話す。50人の活動部隊を今年の10月までにどう組織するかがカギとなるという認識で一致。カバは知友人200人に7月に暑中見舞いを手書きで出すことを決意する。
午後1時からアウガで川柳教室。むさしさんを講師に、男性2人、女性14人の受講生だ。カバは「ぴこぴこ」の宿題を「こつこつ」と間違えて投句したため、むさし先生から苦笑される。それでも、「さよならのために磨いたハイヒール」と「また春が体をめぐる靴の音」をひとりずつ選句してくれたのにはまいった。隣の席の閑女さんから「真面目にやりなさいよ」と叱咤される。
2時55分にアウガを出て、ハーバービューロードに出る。今日は新中央埠頭の北突堤の灯台までは行かないことにし、「紅い絲」ロードからアスパムを取り囲むねぶた小屋群を観て回る。作龍師のすがたは見えず、立田君のねぶたは木組み・骨組みがほぼ終わっていた。問題は面づくりだと思う。いいねぶたができればいい。小屋の向かいのねぶた研究所をのぞく。ゆるやかに弧をえがいてたわんだ針金を白いテグスでしっかり結び、それをボンドで固定している。小型のねぶたの紙張りが始まっていた。純白の紙が針金で囲まれた面に一枚一枚丁寧にはられていく。厳粛な手作業なのだ。
港町のよっちゃんの所へ映画のチケットをもらいに行くのに、イートファンでロールケーキを買う。840円。ポイントカードを忘れる。よっちゃんから松竹アムゼの券3枚もらう。三甲会で来年10月のことを話したのか、と訊かれる。きっかけがつかめず、やめたと話す。7月か8月の夏の三甲会に持ち越すことにしたことを告げる。6年7組と三甲会、それに青高同期で25人はなんとかなりそうだ。あと25人を確保できるかどうかにかかっている。
北浜造船所の手前のよっちゃんの事務所を出て、相馬町を堤川に抜け、牛越橋を渡る。風は弱く、川面も穏やかに流れていた。
途中、駒ちゃんの所へ寄り、ビール飲みに行かないか、と誘う。駒ちゃんは誘いに応じ、岳樺に向かうも、15日まで休業とのこと。それで、2台の自転車の向かう先は王味へ。6時なので、客は少なく、奥の小上がりに座る。生ビール1杯のあと、焼酎1升頼む。モツ、タン、餃子、麻婆豆腐をつまみに二人で焼酎をほぼ半分開けて気分よく別れる。駒ちゃんにも50人のひとり入ってもらうことを希望し、ほぼ受け入れられる。駒ちゃんが5千円札をだし、カバは3000円(焼酎1升をいれたので已むを得ない)で勘弁してもらう。半分残ったホルダー焼酎1升瓶の名前はkomachanにした。
駒ちゃんと別れ、千成寿司へ寄る。時間は8時45分になっていた。千成の監督さんは、ほんの少し前に自宅へ帰ったとのこと。残念だが、後日またくると奥さんに話して、店を出る。次は、小青島だ。カウンターに座り、ラーメンを注文し、喬さんと話す。彼の息子は東京外大の中国文学科に入ったそうだ。東大は残念な結果だが、大学院で東大へいけばいいのではないか、と話す。あっさり味の一風かわった中華料理のラーメンだった。780円はちと高いが、本場の味だから、しょうがない気もした。
小青島の次は、天ぷら堤だ。寺町を浜町へ向かうと店の電気がついていない。シャッターも降りている。火曜日は定休日なのだろうと思い、こんどは「おばんざい」へ行く。おばんざいもカウンター三組の客。間に一席だけ入れるとママが言うが、窮屈なので、「またにする」と言って、自転車に乗ろうとしたところママにつかまる。「そのうち背中を押してもらいにきます」と言うと、意味がわかったのか、「応援する。応援する」と二度も手をたたかれた。あながち商売だけでいっているのではないと思い気持が好くなる。
ここまでくれば、「綺羅だな」と思い、先に事務所へ行って、おにぎり弁当の袋とおかず入れのタッパーをとりに寄ろうとして、夜店通りを国道へ向かうと、「ブルーノート」の看板が目に入る。ジャズの音も聞こえてきた。誘われるように自転車を降り、階段を登った。
店にいたのは二組の客六人とマスターとママだった。カウンターの端に腰かけ、高谷さんの奥さんが亡くなった話をすると、二人とも知らなかった。いつになく饒舌に、30分ほど珈琲一杯(350円)で高谷さんの思い出話をして、「また来てください」とマスターに目を細められてこれまたいい気分で店を出た。
なんだかんだと10時半を過ぎていた。事務所に戻って、机に向かうと、どっと25度の焼酎の酔いがまわってきた。綺羅に行くのをやめ、ソファーに横になった。夜中に起きて、小説を書こうと思いきや、朝の5時半まで眠ってしまった。
そして、メールをチェックして、眠い目をこすりながら、おにぎり袋を荷台に提げ、ショルダーバッグを二つ両肩に回して、戸締りをして事務所をあとにし、朝まだ早い浪道を我が家へと向かった。

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