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2013年4月14日日曜日

カバの決意

 昨日のペンクラブ総会で、理事に復帰しました。やることはたくさんあると思いますが、謙虚に少しずつ協力していきます。その青森ペンクラブの刷り上がったばかりの会誌に載っている「母を語る」『母のベレー帽』のことを西脇巽さんから「面白かった」と評され、津秋俊平さんからは会誌のエッセーを褒められただけでなく、遙59号に書いた小説『若山先生』のことまで「興味深く読んだ」と言われ、心の中で少しく、書く勇気が湧き起こるのを感じたのでした。
 6時半からは中央古川の「侍」で偶数月に行われている長島小学校6年7組の集まりでした。遅れてきた柿崎君も入れて、6人の会でしたが、いつになく盛り上がりました。山口君、早瀬君、須藤君、戸島君の4人が鹿さんで、カバも含めた5人で前半は市長選挙の話題でもちきりでした。市政への不満や、市政運営に問題は多々あるものの、今回はエビでなく、鹿を食べようということになりました。そして、硬くてしない鹿肉を食べたあとの消化剤をどうしようかという話しになり、結局、カバに「その役をかってでろ」とか、「わかったそうしよう」などとその場の雰囲気でなってしまい、それには鹿でもエビでもない柿崎君も賛同してくれました。そんなわけで、卓上の鹿肉が14日の夜、市民に供され、それぞれの口に運ばれる結果となれば、全員が今度はカバを胃腸薬として飲み込むことを誓い合って別れたのでした。そんな調子で、次回、6月の長小6年7組の会は、鹿が勝てばカバの激励会にしようという話しにまで及んだのでした。こんなとき、「竹馬の友」というのは、嬉しいものです。それにつけても、久しぶりに63歳の6人全員が燃え、熱くなった「侍」での一夜でした。まさに、「つわものどもの春の宴」でした。こんなことは、10年前に「長島小学校6年7組の会」を始めてから初めてのことでした。皆、好い顔をして、それぞれの家路についていきました。
 そのあと、カバはひとり、自転車「カバ号」のペダルを踏んで、新町の夜の空気をかき回して、勝手連向かいの「おばんざい」へ向かいました。千葉慶さんが待っていてくれているからでした。長小のクラス会での鹿肉と胃腸薬の話を伝えると、彼も笑顔で同意してくれて、「その胃腸薬を飲み込む水になってやる」とまで言ってくれました。これで、池中深く眠っていたカバが漸く陸地へあがる環境が整いました。
 あとは、今日の戦いの結果をまつだけです。

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