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2012年11月30日金曜日

古事記に興味をもちました

 魯迅は、中国の正史に現れないところでいろんな人たちがつくってきたものに、中国の脊梁(せぼね)があると言っています。つまり、脇目のふらずに励む人、懸命にやり通す人、民のために助けを請う人、捨て身で真理を求めた人たちが今日の中国の脊梁をつくってきたのだと。これらの人たちは、帝王や宰相の系譜の人ではないが、それらの人たちが中国の今日の脊梁を形づくったということはもはやまぎれもない事実なのであると語っています。
 一方、孔子は音楽にも造詣が深く、舜の韶(ショウ)や周の武(ブ)についてもその違いについて詳述しています。中国の夏、殷、それ以前の古典について、また禮、樂、舞についても多く語っているのです。日本にはそのころのことが文字として残っているものはありません。残念ながら。その意味では、日本においては、古事記が最古のものなのでしょう。

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