魯迅は、「諺はある時代のある国民の意思の結晶のように見えるけれども、それは実は、一部の人々の意思に過ぎない」のだと言っています。つまり、諺を金科玉条のように引用して、真に受けてはいけないと言っています。権力者が自分の都合のいいように諺を引用して、大衆を従わせようとするからご用心と言っているのです。
一方、孔子は論語の第3篇「八佾第三」の第13章で、衛の国の大夫の王孫賈が、孔子を自分に従わせようとして、「その奥(君主)に媚びんよりは、竈(己)に媚びんよ」という諺を持ち出して、衛の国に仕官したくば、君主でなく、実際に権限のある自分に媚を売ってはどうかと問われ、衛の君主に媚びうるのも、大夫である王孫賈へ媚をうるのも、道に反することなので、できないと断って、大夫の心を戒めている。そんな道に外れたことをすれば、天から罰を受け、いかにしてもその罪から免れることはできないと言っています。
今の政局をみれば、魯迅や孔子の言うとおり、諺や格言を持ち出す政治家や、仕官や利益誘導のためには自分に媚を売れと迫る政治家は要注意だということがわかります。諺だけでなく、民意だとか、大衆の声、だとかに惑わされない、しっかりした理念をもたないといけないことがわかります。いままさに、日本は、正義すらなくなった、利己主義だらけで、近隣諸国からまったく信用のない三流国になりさがってしまったといわざるをえません。

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