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2012年7月5日木曜日

大異をのみ込んで、小同(脱原発・反消費増税)から始めよ

今日、予定より一日遅れて、7月1日に再稼働していた大飯原発3号機が営業運転を再開した。北海道電力の泊原発の3号機が定期検査のため停止したのが5月4日、あれから2カ月の間、とにもかくにも、日本の50基の原発は停止したまま、実際に発電をしていなかった。この事実は重い。原発事故で家をはなれ、土地から離れなければならなくなった人たちにとって唯一の光明だった原発停止が、無残にも打ち壊された日にもなった。
 日本政府は、6月29日夕刻、20万人の一般人が首相官邸をとりかこんで、「大飯原発再稼働を止めろ」と悲痛な声をあげたのに対しても、一顧だにしないばかりか、「虫けらどもの戯言、雑言」としてあざけ笑うかのように、平然と7月1日再稼働を許可し、それに手をかした。
 これは政府が、産業界、とりわけ電気事業者や原発関連企業と広告・スポンサー契約を結んでいるマスコミがこぞって、「原発ゼロが続けば日本は衰退する」、「企業向け(17%)や家庭向け(10%)の電気料金値上げによって、製造業は大打撃を受け、一般家計の消費支出も大きく減少する」との反「脱原発依存」キャンペーンに屈した結果であった。
 このように政府と原発立地の地元自治体が原発再稼働に道を開いたことによって、果たして彼らのいう「日本は衰退への路から脱却」できるのだろうか。答えは否である。それどころか、破滅、滅亡の道を急ぐ結果につながるだけだ。
 そんなに原発が必要なら、東京都や大阪市をはじめ、人口密集した大都市に原発を造ればいいと思う。そんな根性もなく、使用済み燃料の処分方法ですら、いまだに再処理するのか、直接処分するのか、結論すら見いだせないのに、小手先で現在ある原発を再稼働させてその場しのぎをしようというお粗末さ加減である。もっとも、核廃棄物の最終処分場すら決まっていないのだから、1万年、1千年はおろか、30年先のことさえ、まるで考えていないのは明らかだ。せいぜい今年1年のりきればいいという無責任さだ。総選挙があれば、野田政権がつぶれるのは明らかだ。その先は誰がいったい責任を負うのだろうか。
 そのことが見え見えだから、国民は民主党も、自民党も支持しないし、政敵の自民党と公明党にすりよらないとなにもできなり野田政権などとっくに国民は見放しているのだ。逆に危険だと思いつつも、橋下維新の会なら何かやってくれそうな気がして、橋下に期待を寄せざるを得ないというこれまた危機的状況にいまの日本は置かれているのだ。
 外は雷雨だ。まさに天が怒っているのだ。日本が途方もない放射能を天と地と海にまき散らしたからだ。それがまだ続いているからだ。どうしてくれるんだ、と雷の鉄槌を下しているように思えて仕方がない。
 消費増税と原発再稼働は、日本を破滅の道につきすすませる結果になる。だから、、(本当は絶対に小沢一郎だけは許せないのだが)これまでのことに目をつむり、これからも裏切られるかもしれないが、日本を救う道は、「反消費増税と反原発再稼働」しかないという一点で、まとまるしかないだろう。これこそ、「大異をのみ込んで、小同から始める」しかないのだと思う。それほど、今日、日本の置かれた状況はきびしいのだ。国民が、電力会社やそのまわりの企業の存続のことを、その恩恵にあずかっているマスコミの言説を鵜呑みにすることなく、国民一人一人が自らの足元をみて、家族と子孫のために何をすべき、真剣に考えないとまさに明日はない所へきているのだ。

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