岩木山は風を抱き、露に満ちていた。八合目はやがて雨足が強くなり、足の裏が冷たくなった。今朝は四時に起き、四時半に浪館前田のバス停まえで、英明にひろってもらった。六時前に岩木山神社を回り、岩木総合運動公園広場に着いた。
英明がサイクリングにこだわってから十数年。今回が初めてのレース参戦。しかも、過酷なことで有名な岩木山山登りサイクリングロード大会だ。シニア十キロレースに出場して、嶽温泉の上の海抜四百三十メートルのスタート地点から、岩木スカイラインの六十三坂を登り切り海抜1226メートルのまだ残雪が凍ったままの八合目をめざして、午前九時に号砲。
カバはスタートラインのスカイライン入口駐車場から八合目まで先回りして、英明のゴールを待つこと1時間余。スタート地点の駐車場の周りは、縁がビンクのタニウツギが満開、それに淡い卵黄食のハリエンジュのニセアカシアの花も目立っていた。朝八時には霧が流れていたが、雨はなかった。それが、圧倒的な速さで標高差九百メートル、全長十五キロを登り切った若者がトップでゴールテープを切り、クロスバイクの専門選手が続々と喘ぎながら最後の坂を登ってくる段になって雨足が強くなり、靄の中でサポートする英明を待つ身の方が冷たく震えた。駐車場のとなりで準備していたゼッケン番号が一つ違いの選手が最後の坂を登っていくが、英明の姿はいっこうに見えない。
着替えが入った英明のショルダーバッグが濡れないように傘で包みながら、女子選手や小学生選手が先着する中で、一段と激しい雨の中、白のバイクにまたがった白のレースジャケットの英明が必死の形相で最後の坂を登ってきた。意外に苦しそうにみえなかったのはさすが元天井桟敷の演技者、つねにカッコよさを忘れないエンターテインメントだ。
そんな英明もゴールするや、息も絶え絶え、よろよろとゴール脇の註車帯にへたりこんでしまった。愛車のサイクリングバイクも疎ましそうに、地べたに横たえたまま、しばし呼吸を整える間、カバは傘をさしたまま、呆然と立ち尽くすのみだった。
結果は、シニア十八人参加中、八位で、上々の初陣だった。英明本人は一時間を切れなかったことを悔いていたが、来年は上位三位以内入賞も期待できそう。
さてカバは、三時間の睡眠不足と寒さと雨がしきりの八合目に二時間も立って英明の到着を待っていたのが、身体の芯から堪えて、温泉に浸かろうかとの英明のタフな提案をことわって、閉会式もそこそこに、さっきまでの八合目の雨が嘘のような岩木山麓をあとにして、日曜日の午後の穏やかさに包まれた縄文のふるさと浪館前田へ向けて、英明の愛車バイクを積んだ車を運転した。英明はファミリーマートで降りたカバに替わり、小湊の自分の家までさほど疲れた様子もなく、車を運転して行った。
それにしても、英明のタフさに感動した一日だった。

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