NYから帰りの飛行機の中で、運よくビジネスクラスに乗せてもらったので、日本の前日の新聞も読むことができた。機内食も往きのエコノミーとは違い、8つもの小鉢がついた豪華なもので、とくにご飯がとても美味しかった。なにせ、長男の家は健康玄米食なので、主食の違いが歴然と舌と喉ごしに伝わってきた。
何気なしに、29日付けの毎日新聞を読んでいると、社会欄に中国人芥川賞作家の楊逸さんのインタビュー記事が目にとまった。連載のようで、6回目で末尾に「つづく」とあった。記事には、彼女が天安門事件の時代における学生、知識人としての中国国内の漠然とした不安から、哈尓濱の大学を卒業後、単身で日本に留学してきて低賃金で過酷なアルバイトをしながら日本語を学び、四年かけてお茶ノ水女子大学に入学して、卒業するまでの苦労した時代のことが記されていた。
カバは楊逸の『時が滲む朝』を何度か読み返した記憶があり、彼女自身の半生についても興味があっただけに、家に還ってからも、毎日新聞の社会欄を探して、その続きを読んだ。
小説に書かれている以上に、彼女の人生において、22歳で留学して日本に渡ってくるまでと、それからの日本での生活は彼女の想像以上に並大抵でないことが、この連載記事でよくわかった。大学受験、結婚、出産、育児、大学卒業、就職、離婚、小説執筆と彼女はなんでもないように語っているが、読んでいていかに困難な修羅場をくぐってきたかが、よくわかる。やはり、小説以上にすごい人であった。
彼女のことを思うと、カバのこれまでの人生はあまりに幸せであった。あまりにぬるま湯につかり過ぎた。生きるか、死ぬかのギリギリのところで書いてきたとは、とてもいえないと思った。それだけに、今日からの日々は、カバなりの、そんな土壇場、退路を絶った状態で、とことん書いていかなければと楊逸にあらためて触発され自覚した。

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