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2012年4月2日月曜日

カバの一週間

 三月下旬の一週間はあっという間であった。
 26日は遙の例会。文団「遙」の同人の例会で、3月20日発行の「遙」55号の合評会も兼ねた例会である。参加は金澤代表ほか12名だった。遙55号の紹介は、東奥日報の3月31日の朝刊の文化欄に載っている。カバは創作(小説)「女房の家出」を投稿した。例会での評価はなかった。遙は一応、60号で終刊予定。あと5回の発行で、10年前に創刊された同人誌は幕を閉じる予定だ。カバはあと5回、創作を発表する予定だ。
 27日から29日まで三日連続で、壬生作・英明演ずるひとり芝居の稽古が午後から夕方にかけて続いた。27日は壬生も参加し、演出アシスタントの香ちゃんと四人で稽古をし、50分弱で終える見通しができた。28日、29日は三人で、しゃべりに演技も確認した。ひとり芝居の台本をすべて暗記している英明は、4月1日から三沢の寺山修司記念館の館長に就任する。
 シンガーソングライターだった壬生の30年前のLP「壬生」も6月に復刻発売される予定だ。27日はおかじょうき川柳教室で宣伝のため、稽古開始は4時半。夜、英明・壬生と三人で喫茶一二三へ。香ちゃんは風邪気味でまっすぐ帰宅。28日は5時に英明と二人でジャズ喫茶「ブルーノート」へ。トム・ウェイズをマスターに訊くも、ブルース系でジャズじゃないので、アルバムはないが、客がのこしたという邦訳の歌詞をみせてくれた。下品なざれ歌のような歌詞だった。ポスターを置いてもらうのをためらった。英明もアルトサキソホーンを吹くのだという。真木がテナーサキソホーンを吹くのを思い出した。英明のひとり芝居の出だしは、トム・ウェイズのバラードがバックに流れて始まる。
 28日の夜は、金澤茂弁護士の憲法講演会。遙の代表でもあり、カバはいつも受講している。内容は憲法改正の動きを自民党の憲法改正草案に即して、民主党の動きにあわせ、橋下維新塾の動向と合わせて、改憲の動きが急を告げていると警鐘を鳴らしていた。
 29の稽古は4時半に終え、シネマディクトで映画「50/50」を観る。恋愛と癌という病魔、男の友情と両親の子を想う愛、27歳という真面目で普通の青年の病気との闘いが素直にスクリーンに映し出されていた。映画は勇気を与えてくれる。
 30日は八甲田ウォークに挑戦だ。12月に痛風で通院を開始して、糖尿病、腎臓疾患と病気持ちとなったカバにとって、3年ぶりの八甲田ウォークは無事完歩できるかどうか、自らの闘病とのかねあいでもあった。前日に観た映画がカバの背中を押してくれた。
 10時10分にバスは出発地点の谷地温泉前に着いた。そこから8キロ歩くのだ。10時半過ぎに出発した。足と腰の痺れの予感はあったが、準備体操で少し楽になった。ところが、出発してすぐ雨が霙に変わり、それが強風とともに豪雨になった。毛糸の帽子、ジャンバーはびしょびしょ、手袋は雨を浸みらせ膨らんだ。前半の4キロ半は昇りに次ぐ昇り。喘ぎ喘ぎ、後ろを振り返る余裕などなく、向かい風と雨粒を避けるものなどなく、凍傷になったように冷たいズックの中の靴下を脱ぐこともできず、ズボン・股引・パンツがぐっしょり濡れ、膝から上にくっついて脚も思うように運べない。停まったら終わりだ、と念仏を唱えながら、五メートル前だけを見て、雪の回廊すれすれに曲がりくねった坂道を笠松峠まで登りつめた。下りは思いの他、楽だった。ゴールでもらった豚汁がこんなにおいしいと思ったことはなかった。そして、裸になってつかった酸ケ湯温泉の千人風呂。生きている実感にひたった。
 31日。前日の疲れをさほど感じなかった。朝食をおいしく食べた。甲子園の光星学院の準々決勝は雨で順延。東京から真木が来青しているが、5時前に稽古を見に来るとメールあり。
 11時に山上君が4月20日のカンパに来てくれる。彼の車で、事務所に行き、パスターと入場券5枚渡す。家までまた、送ってもらう。葬儀屋の山上君は大手の進出による過当競争で仕事は大変だと嘆いていた。車には香典返しらしい荷物を沢山積んでいた。
 午後1時に三甲会のもうひとりの友人柳谷君の長島小裏の家を訪ねる。ポスターだけ彼に渡す。カンパは印刷の山中君に直接渡すという。三甲会での約束(彼ら二人がカンパするのでポスター作れ)を守ってくれた。友人とはありがたいものだ。2万5千円を2万円に値切ったのを山中君が柳谷君に話したらしく、赤字分を直接、柳谷君が山中君に払ってやるというのだった。
  4時半に真木が事務所に現れた。すこし色白くなった。弱弱しくなったように感じた。2月の下旬に手術して、ク字型に20センチも腹を縦横に切って、肝臓をとったという。カバは唖然として、声を失った。1月にはカバといっしょに酸ケ湯温泉の千人風呂に入ったばかりだというのにである。
 カバは、この日の通し稽古はうわの空。真木も含めて四人で行った喫茶一二三も八甲田ウォークの疲れが倍加したようで9時のバスで帰宅。
 そんなわけで、4月1日は家で何もしないで、一日暮らした。その日は三男翔の27歳の誕生日。

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